越中国礪波郡(現在の富山県南西部)にあった東大寺領石粟村の土地の様子を描いた図。画面全体に墨で碁盤目(ごばんめ)状の条里(じょうり)図を描き、条里の一つ一つの区画には、墾田がある場合は地番(ちばん)と面積を、未開墾の原野には「野」と記す。条里図の右側には本図の表題を記し、左下側には天平宝字三年十一月十四日の作成日と、作成に関わった人々の署名がある。また、図中の要所に朱印「越中国印」が捺される。石粟村は、天平宝字元年(七五七)十二月の勅により東大寺に施入(せにゅう)されたもので、もとは同年七月の謀反事件によって捕えられ獄死した橘奈良麻呂(たちばなのならまろ)の土地であった。
(野尻忠)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.248, no.33.
越中国砺波郡(現在の富山県南西部)にあった東大寺領荘園の図。天平宝字3年(759)11月14日の作成。石粟村は、天平宝字元年12月の勅により東大寺に施入されたもので、もとは同年7月の謀反事件によって捕えられ獄死した橘奈良麻呂の土地であった。条里図は縦19列、横12行におよぶ広範囲を描くが、図の左端に水路を示す二条の墨線を引くほかには現地の地形を表すような描写はみられない。
(野尻忠)

