七幅セットで『法華経(ほけきょう)』全八巻二十八品の内容を絵画化して表す。各幅とも、インドの霊鷲山(りょうじゅせん)で弟子らに対し教えを説く釈迦(しゃか)の姿をいくつか描くが、この説法の場面は合計二十八を数える。これは序品にはじまる『法華経』の二十八品に対応し、各品の内容が、各説法図の周辺に絵画化される構成となっている。
彩色の剝落(はくらく)が目立ち、補彩がなされている箇所も認められるものの、七幅で構成される本品は、『法華経』を絵解きする絹本の絵画としては大規模であり、各品の図像選択には特色も認められることから、鎌倉時代の法華経絵として注目すべき作例といえよう。滋賀・観音正寺に伝来した。
(北澤菜月)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.254, no.73.
法華経二十八品ほぼ全ての内容を七幅に配当して絵画化した法華経変相図。一幅概ね四品の内容が描かれる。ただし二十八品を全て逐語的に絵画化するのではなく、火宅三車(かたくさんしゃ)(譬喩品(ひゆほん))、龍女成仏(りゅうじょじょうぶつ)(提婆品(だいばほん))、良医妙薬(寿量品)など特に著名な説話に多くのスペースを割く点に特色がある。各幅とも画面上辺に釈迦霊鷲山説法図を配し、各場面を隔てる霞や山並みが全体として統一的な景観を構成するなど、平安時代に描かれた大画面説話画の系譜上に位置するものであることは間違いない。さらに各幅に春夏秋冬の四季が配当される点からも、全体として平安時代の記録に堂塔障壁画に描かれていたという四季絵を伴った法華経二十八品大意絵の伝統を受け継いでいると言えるだろう。こうした古様な画面構成に加え、伸びやかな運筆や温和な彩色(さいしき)からも、その製作は鎌倉時代中期に遡(さかのぼ)るものとみられる。滋賀・観音正寺(かんのんしょうじ)旧蔵。第七幅には不軽品・普門品・厳王品(ごんのうぼん)・陀羅尼品(だらにぼん)・勧発品(かんほつほん)の五品が描かれているが、中でも普門品に説く観音による諸難救済の諸場面は画面上部の一番重要な部分を占める。すなわち各幅に共通して中央上部に配されるシンボル的存在の釈迦霊鷲山説法図には、無尽意菩薩が釈迦に観音菩薩の由来を問う姿を描き込んでおり、その周囲には、怨賊(おんぞく)に囲まれて危害を加えられる(下方)、大海に入った船が羅刹国(らせつこく)に漂流する(左方)、右方には須弥(しゅみ)の峯から突き落とされる(右方)等の諸難が表される。
(谷口耕生)
西国三十三所 観音霊場の祈りと美, 2008, p.269