瓦経とは、粘土板に経文を刻んで焼いたもので、数十〜数百枚のセットで清浄地に埋納された。本品は、大正十三年(一九二四)、福岡県の飯盛山で雨乞いの際に偶然発見されたものの一枚で、『法華経』の分別功徳品(ぶんべつくどくぼん)第十七の一部が刻まれている。経文の字詰めから判断して、当初は二百余枚で一具を成したと考えられている。精良な粘土が使われ、焼きはやや甘い。文字は一画ずつ丁寧に書かれ、裏面の欄外には「六十」の丁付を刻む。『法華経』の巻第六の十枚目の意であろう。なお、本品と同工の一枚(福岡県教育委員会所蔵)に「永久二年」(一一一四)の紀年銘があり、これが飯盛山経塚の造営時期とされている。
(吉澤悟)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, pp.253-254, no.68.
粘土板に経文を刻んで焼いたもの。大正十三年(一九二四)、福岡県飯盛山で雨乞いの際に偶然発見された。自然石を積んだ径約一メートルほどの石囲いの中に、瓦経を縦に重ねて埋納していたという。刻まれているのは『法華経』で、経文の字詰めから当初は二百余枚で一具を成していたと考えられている。大正十五年には完成品だけでも七十一枚が確認されていたが、現在は各所に分蔵されている。全体的に精良な粘土が使われ、成形も丁寧であるが、焼成はやや甘さが目立ち橙色から灰褐色を呈する。両面に界線を引き、片面に十行、一行に十七字を記す。文字は一画ずつ丁寧に書かれている。裏面の天部欄外に丁付(ちょうづけ)とみられる数字を記すのも本瓦経の特色である。本品は『法華経』の分別功徳品(ぶんべつくどくほん)第十七の一部を刻み、裏面欄外に「六十」の丁付を刻む。『法華経』巻第六の十枚目の意であろう。なお、福岡県教育委員会所蔵の一枚には「永久二年〈甲午〉十月十九日〈辛酉〉修行入道往西/講師永厳咒願 □□ 読師 隆珍/慶鎮」の奥書がみられる。これにより飯盛山経塚の瓦経は永久二年(一一一四)の作とされている。
(吉澤悟)
まぼろしの久能字経に出会う 平安古経展, 2015, p.143

