仏教の開祖・釈迦は6年間の苦行を試みたが、肉体を苛(さいな)むことの無益さをさとって山を出たという。その様子を表現した本像は背を丸め、木の枝を杖として歩む姿をとる。頰のこけた頭部、肋骨が浮き出した体などの描写は迫真的である。ガンダーラ彫刻には苦行釈迦像がある一方で出山場面を造形化した例がないが、中国・日本の禅宗美術では出山は重要な主題の一つだった。本像もその影響下での作とみられ、螺髪(らほつ)を表して頭頂の肉髻(にっけい)部分を無毛とする形式など、禅宗絵画と共通する要素がみられる。三重県津市の福蔵寺伝来。
(稲本泰生)
なら仏像館名品図録. 奈良国立博物館, 2010, p.98, no.124.
釈尊は悟りを開く前に、六年の間断食をはじめとする諸種の苦行により、自らの肉体を嘖み、諸欲を制御して精神の浄化に至ろうとした。しかし、これらの行では、悟りの境地を得られないと知った釈尊はこれを離れる。本像は、苦行の場所である山を出て、最後の瞑想に向かおうとする姿を表すものなのである。ただこの場面は、ガンダーラの仏伝中には見あたらず、中国での禅宗の展開と共に生み出されたと考えられている。
背を丸めて腰をかがめ、杖を突き、右足を出して歩み始める。顔には頬骨が、体では肋骨が浮き出、手の指も骨張って表現される。興味深いのは、螺髪(らほつ)は頭部の周辺に現れ始めるが、頭頂部には未だ肉髻(にっけい)が現れず、成道前であることを示す点である。かなり手慣れた彫技を示すが、面相などに現実的な世俗性が認められることより、室町時代の作とするのが穏当であろう。三重・福蔵寺より伝来した。ヒノキの寄木造、玉眼。
(井上一稔)
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, pp.298-299, no.96.