千手観音の侍者である二十八部衆のうちの四軀である。動きのある均整のとれた姿勢、力強い表情などから、鎌倉時代十三世紀の作と見られる。十三世紀に溯る二十八部衆の彫像は極めて珍しい。
音声ガイド
千手観音の侍者である二十八部衆のうちの四軀(く)で、京都・愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)に伝来した。各像とも前後二材矧(は)ぎの寄木造(よせぎづくり)で、迦楼羅王のみ挿首(さしくび)で、残り三軀は割首(わりくび)とし、玉眼(ぎょくがん)を嵌入(かんにゅう)する。持物や手首先が失われ、表面の彩色(さいしき)も残っていないが、体幹部はおおむね当初の姿をとどめている。動きのある均整のとれた姿勢、的確に表現された衣や甲(よろい)、力強い表情などから、十三世紀前半の作とみられる。二十八部衆の彫像は、室町・江戸時代の作例はある程度存在するが、鎌倉時代の作としては、京都・妙法院(みょうほういん)の三十三間堂と滋賀・常楽寺(じょうらくじ)のものが知られる程度である。鳥の顔をした迦楼羅王や、象頭をかぶる五部浄居天の作例は少なく、貴重である。
(岩井共二)
なら仏像館名品図録. 奈良国立博物館, 2022, p.135, no.179.

