阿弥陀如来を中心とした一行が、亡くなる人を極楽浄土(ごくらくじょうど)へ連れて行くために雲に乗り現世をおとずれるさまを表す。画面を埋め尽くすように阿弥陀一行が描かれ、右下の家屋には僧と尼の男女一組が合掌し、来迎を待っている。阿弥陀三尊と二十五菩薩(ぼさつ)は金色で表され、後方には奏楽の菩薩、前方には往生者を載せるための蓮台を両手で持つ観音(かんのん)菩薩らが表されている。
一行の周囲に楼閣(ろうかく)や無数の小さな化仏(けぶつ)が表されていることから、『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』に説く最上の来迎である上品上生(じょうぼんじょうしょう)の品位の来迎を描いたと考えられる。奈良・大蔵寺に伝来した。
(北澤菜月)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, pp.266-267, no.151.
阿弥陀三尊と二十五の菩薩からなる来迎の一行は雲に乗り、左上から右下の板葺の家屋へと向かう。来迎印の阿弥陀立像を奏楽の菩薩十七尊、持幡の菩薩二尊が取り囲み、前方には蓮台捧持の観音菩薩、合掌の勢至菩薩をはじめとした八尊が飛来している。阿弥陀聖衆は肉身、衣とも金色に表す。一行の上方には楼閣、向かって右には雲上の化仏坐像十二尊、そしてその右手に無数の化仏立像が表されている。一行が向かう先には、屋内に並んで端座合掌する僧と尼僧の男女一組が認められる。虚空や家屋の前庭には散華が舞い前庭には蓮台上で合掌する供養菩薩が表され、鮮やかな花が咲いている。
表現を見ると、諸尊の描写や、バリエーションのある精緻な截金文様などに崩れがなく、彩色文様も丁寧に施されるほか、光背や天衣といった透き通る部分の光輝表現に雲母を用いるなど細部まで丁寧な描写が認められる。表現様式からは鎌倉時代、十三世紀後半の作と考えられる。
阿弥陀聖衆とともに楼閣(七宝宮殿)や無数の化仏が表されることから、『観無量寿経』を典拠とし、同経に説かれる九品の往生のうち、上品上生(じょうぼんじょうしょう)による来迎のさまを描いた来迎図であることが分かる。楼閣や無数の化仏のみならず、庭前に合掌の供養菩薩を表す図像や、無数の立像化仏の光背を数色に塗り分ける表現は清涼寺所蔵の迎接曼荼羅を踏襲しており、迎接曼荼羅を図像的先例とする上品上生来迎図の一例に数えることができよう。知恩院所蔵の阿弥陀聖衆来迎図や滋賀・弘法寺所蔵阿弥陀聖衆来迎図といった鎌倉時代の他の上品上生来迎図に比較すると、本図は諸尊を画面一杯に表し、一行の動勢よりも存在感を重視する表現に特徴がある。奈良県宇陀市の大蔵寺に伝来した。
(北澤菜月)
源信 地獄極楽への扉. 奈良国立博物館, 2017.7, pp.298-299, no.121.

