円形、印籠蓋造(いんろうぶたづくり)のコクタン製の朱肉入れ。外面は透漆(すきうるし)を塗って木目を生かした仕上げとし、内面は黒漆仕上げとする。蓋表に銀蒔絵(ぎんまきえ)で尾形光琳(おがたこうりん)(一六五八〜一七一六)の印「澗声」を表している。身の底に「為/堤雨画伯/木内喜八造」の刻銘があり、野沢堤雨(一八〇一〜一八六六)という画家のために制作されたことがわかる。木内喜八(一八二七〜一九〇二)は現在の東京都江東区に生まれ、象嵌(ぞうがん)や指物(さしもの)などの木工を生業とした。正倉院宝物の意匠や工芸技法を模した作品を制作し高い評価を受け、子の木内半古(きうちはんこ)や孫の木内省古(しょうこ)が正倉院御物整理掛に出仕する道筋を作った。
(内藤栄)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.278, no.229.
円形、印龍蓋造(いんろうふたづくり)、コクタン材製の肉池(にくち)(印肉を入れるための容器)。外面は木目を生かした素地(きじ)仕上げとし、内面には漆塗を施す。側面は鑿目(のみめ)を表すが、他は轆轤挽(ろくろび)き仕上げとしている。蓋表には江戸時代の画家・尾形光琳(おがたこうりん)(一六五八~一七一六)の「澗声」印を写し、銀蒔絵(まきえ)で表している。身の底裏に「為/堤雨画伯/木内喜八造」の刻銘があり、喜八が野沢提雨(のざわていう)(一八三七~一九一七)のためにこれを作ったことがわかる。野沢提雨は江戸琳派の画家として高名な池田孤村(いけだこそん)(一八〇一~一八六六)の門人で、喜八とは親しく交際し、嗣子(しし)の半古はその門に入って画法を伝授された。本品は何かの機会に、提雨の与(くみ)した琳派の祖である光琳の印を肉池に写して提雨に贈ったものと考えられ、肉池に印の形を借りるという酒脱(しゃだつ)な感覚が存分に発揮されている。喜八と提雨の深い交情を示す品として注目される。
(清水健)
名匠三代―木内喜八・半古省古の木工芸―, 2015, p.40

