わが国の華鬘(けまん)は、団扇形(うちわがた)で文様(もんよう)を透彫(すかしぼり)したものと、華鬘本来の姿に近い花輪形のものに大別される。本品は後者に属する金銅製の華鬘で、花輪形を構成する蓮華の一つ一つが別個に鋳造(ちゅうぞう)された精巧(せいこう)なつくりを示す。花輪形の内区には火炎光背と蓮華座を設け、金剛界大日如来(こんごうかいだいにちにょらい)を意味する梵字(種子(しゅじ))を切り出した別板を貼っている。この種の華鬘は、鏡板(かがみいた)に種子を表した懸仏(かけぼとけ)(御正体(みしょうたい))の影響を受けて成立したとの推測もなされている。全体に大振りで重厚な作風を示し、鎌倉時代末期の作であることをうかがわせる。滋賀県野洲市の兵頭大社(ひょうずたいしゃ)に伝来した品で、現在六枚が残る。
(三本周作)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.261, no.118.
華鬘は現存作例を見る限りでは、平安時代に今日言うところの団扇形に定着したようであるが、鎌倉時代になって生花をつないでレイのような花輪形にした形式が登場し、以後この二系統が主流となった。花輪形の華鬘は、古代インドにおける生花で作った花輪に起源をもつと言われる華鬘本来の姿に近いと言えようか。この金銅種子華鬘は滋賀・兵主大社(ひょうずたいしゃ)旧蔵で、現在6面が当館に所蔵される。団扇形と花輪形の折衷形式というべき作品で、下向きの蓮華を刺し連ねてやや肩の張った団扇状の花輪形を作っている。上部中央に吊金具をもうけ、下方に垂飾を下げている。花輪の内側には筋弁蓮華座にのり、火焔付きの舟形光背を負った金剛界大日の種子バン字を置き、光背の左右に総角をあたかも種子の天蓋のごとく表している。表裏は同文。総体に大振りで重厚な作風を見せている。制作年代は技法・作風等から鎌倉時代も終わりに近い頃かと考えられる。
(内藤栄)
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.286, no.40.