神護寺に伝来した一切経(いっさいきょう)で、神護寺に現在二三一七巻が伝存するほか、諸所に所蔵される。『神護寺旧記(じんごじきゅうき)』に「金泥一切経 貞元録」と記されるものが本一切経にあたると考えられ、これに従えば『貞元釈教録(じょうげんしゃっきょうろく)』(唐で編纂された経典目録)に基づき五千四百巻程度が書写されたことになる。また、一切経は鳥羽(とば)天皇発願経(ほつがんきょう)であり、のちに息子の後白河(ごしらかわ)天皇により寺に安置されたと記される。一切経を包む経帙(きょうちつ)の一部には、久安五年(一一四九)の墨書がある。
本一切経は、紺紙に銀泥(ぎんでい)で界線(かいせん)を引き、金泥(きんでい)で経文を書写する。また首題の下方には神護寺の朱印が捺(お)される。表紙は金銀泥による宝相華唐草文(ほうそうげからくさもん)、見返しには金銀泥で釈迦説法図(しゃかせっぽうず)を描く。
(斎木涼子)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.251, no.58.
京都高雄の神護寺に伝来した紺紙金字の一切経、いわゆる神護寺経の内の1巻。神護寺経は平安時代を代表する金字一切経で、紺紙に銀泥で界線を施し、金泥で経文を書写している。表紙は紺紙に金銀泥で宝相華唐草文を表わし、見返しは紺紙に金銀泥で霊鷲山を背景とした釈迦説法図を描いている。また鍍金された撥型の軸端には、毛彫りで宝相華唐草を表わしている。
この一切経には奥書がないが、附属の経帙に久安5年(1149)の墨書があるものがあり、およその制作年代を知ることができる。また『神護寺旧記』には「金泥一切経(貞元録)、鳥羽院御願也、〈中略〉後白河院御世被安置当寺」とあり、鳥羽天皇の勅願で制作され、後白河院の時代に神護寺に寄進されたことがうかがえる。『貞元釈教録』によったとすれば、当初は5400巻あったと考えられるが、寛政6年(1794)には4722巻であったことが記録から知られる。現在、神護寺には2317巻が残っており、経帙202枚、黒漆塗経箱45合と共に一括して重要文化財に指定されている。
本巻は保存状態が大変よく、巻緒も当初のものが約37センチ残っている。
(西山厚)
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.303, no.116.

