ヒノキを赤く染めて檀木(だんぼく)に似せた材を用い、着衣部には截金(きりかね)文様による装飾を施す。檀像(だんぞう)風の作品だが、構造的にはふつうの寄木造(よせぎづくり)である。鬢髪(びんぱつ)が額上の天冠台にからむ装飾的な髪型や、膝下で着衣の縁が波打つ表現、卵形の顔、理知的な趣の表情など、中国・宋代の美術の影響が顕著。像内納入品のうち『般若心経』の奥書から、建治元年(1275)に僧乗信を願主として造立されたことが知られ、また像底墨書によって本像が大阪・四天王寺内の蔵華蔵院(ぞうけぞういん)の本尊であったことも判明する。
(岩田茂樹)
なら仏像館名品図録. 奈良国立博物館, 2010, p.103, no.134.
像内に納入されていた般若心経の奥書により、僧乗信等が福智円満や天王寺蔵華蔵院興隆を願って建治元年(1275)に作ったことが分かる。また像底の墨書銘からは蔵華蔵院の本尊であったこと、納入文書より寛永2年(1625)と天保13年(1842)に修理されていることが判明し、本像が大切に祀られていたことが窺える。
装飾的な髪型、伏し目の強い面長な面相、端が波打つ衣など宋彫刻の影響が見られる。体部の肉付けには抑揚があり、脚部と体部の間にある空間が大きいので安定よく、六臂も伸びやかに表される。鎌倉後半期にあって極めて堅実な作風を示し、納入品からは仏師は判明しないが、当代一流の慶派仏師を想定してよかろう。根幹部は前後二材のヒノキを寄せ割首とし、玉眼を嵌入する。ヒノキは赤く染められ、衣部は切金文様で飾られる。
(井上一稔)
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, pp.293-294, no.76.
ヒノキの良材を用いて素地をそのまま生かした寄木造の尺余の如意輪観音像である。ただし髪部には群青、眉や口ひげは墨線、口唇には朱彩を施している。持物なども当初のものが遺り、保存はいたって良好である。加えて刀の切れ味も鋭く形相のよく整ったなかなかの美作である。X線撮影によって像内に納入品の存在が明らかとなり、これを摘出した結果、『般若心経』を書写した一紙、『宝篋印陀羅尼』を書写した一紙、香木伽羅、骨片、阿字書の円形小紙など各一点が発見され、その中の『心経』書写の一紙の末尾に願文と建治元年(一二七五)九月七日の紀年銘とがあった。これにより仏師名は判明しなかったが、制作年次が明らかとなり、また本像は天王寺蔵華蔵院の本尊で、石堂支乞、藤原氏女、僧乗伝らの発願によることも判った。鎌倉彫刻の優作の一例に加えてよい作品である。
(光森正士)
檀像 白檀仏から日本の木彫仏へ, 1991, p.195