平安時代後期より鏡の面に神仏を表すことが行われた。初期は実際の鏡が使用されたが、やがて鏡に似せた銅板が使用されるようになり、最終的に立体的な尊像を銅板に貼るようになった。鏡あるいは銅板に神仏を絵画的に表した作品は鏡像と呼ばれ、立体的な尊像を貼付したものは懸仏(かけぼとけ)と称する。本品は円鏡を用いた初期作例で、鏡面に阿弥陀如来坐像を線刻している。線刻はたがねで点線を引く蹴彫(けりぼり)技法が用いられている。鏡背には全体に松葉を散らし、松葉をくわえた二羽の鶴を浅い浮彫状に鋳出(いだ)している。
(内藤栄)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.269, no.169.
鏡像は鏡面に仏菩薩等を表したものをいう。現存作例に見る限り鏡像が現れるのは平安時代中頃であり、その発生については垂迹(すいじゃく)思想によって神鏡に本地仏(ほんじぶつ)が表されたとする説、鏡を仏菩薩が現れる月輪(がちりん)に見立てる密教の教義による説などがある。本作は鏡面に定印(じょういん)を結んで蓮華座に結跏趺坐(けっかふざ)し、火焔を付した頭光・身光を負う阿弥陀如来を線刻した銅鋳製大形の円鏡。鏡面は鍍錫(としゃく)の痕跡が認められる。線刻は楔(くさび)形の点が連続して線をなす蹴彫(けりぼ)りであるが、顔と螺髪は線が連続するずらせ彫りを用いている。彫技は繊細で、図様は穏和な平安後期の特徴をよく伝えている。鏡胎は蒲鉾式の中縁、鏡背面中央に素円の低い鈕を設け、単圏、文様は内区に一対の松喰鶴(まつくいづる)を対称的に配し、内・外区にわたって枝松葉を散らした薄手仕上げの典型的な平安末期の松喰鶴鏡である。しかし、鈕は貫通しておらず、実用鏡の転用ではなく、当初から仏像の線刻を意図して制作された擬鏡(ぎきょう)と考えられる。
(内藤栄)
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.284, no.27.

