阿弥陀三尊を表す梵字(ぼんじ)(種子)を、それぞれ蓮台に置き白い円相内に表している。種子の上に天蓋(てんがい)、手前に香炉(こうろ)と華瓶(けびょう)を置いた三脚卓を置く。地は緑色で、縁に五色線を巡らす。五色線の外側は紺地とし、天(上部)は散華(さんげ)、地(下部)は蓮池を表す。紺地の部分は当初の表具に当たり、この作品は表具の部分を含め全面が刺繡で表されていることがわかる。刺繡は刺(さ)し繡(ぬい)という中世に盛んに用いられた技法が用いられ、種子に人の髪が用いられている。中世の記録に、出家時に剃髪(ていはつ)した髪や死者の髪を用いて繡仏(しゅうぶつ)が作られたことが見える。髪の持ち主の逆修(ぎゃくしゅ)(生前に行う供養)や死後の追善供養に使用されたと推定される。
(内藤栄)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.267, no.153.
阿弥陀(あみだ)如来を表す種子(しゅじ)・キリークを中心に、向かって右下に観音菩薩(かんのんぼさつ)を表す種子・サ、左下に勢至(せいし)菩薩を表す種子・サクを配する種子阿弥陀三尊を刺繍で表した繍仏。円相中に蓮台に乗る種子を表し、上方には垂飾の下がる蓮華をあしらった団花形天蓋(だんかがたてんがい)を配している。下方には格狭間(こうざま)を透かした鷺脚(さぎあし)の三脚卓(さんきゃくしょく)を配し、蓮台に乗る蓋付きの香炉と、蓮華を生けた一対(いっつい)の華瓶(けびょう)を安んじている。表具部分は、本紙の四周に五色線を配し、表具の天には諸色の散華(さんげ)を表し、地には蓮池が布置されている。柱には、天と同様に散華が表されていたとみられるが、後世の修理の際に裁ち落とされている可能性が高い。本紙の背景となる地の部分まで刺繍で表した総繍(そうぬい)の作例で、原装が概ねうかがわれる。
刺(さ)し繍(ぬい)を主に用いて繍(ぬ)われた中世の通有の遺例で、種子に髪繍(はっしゅう)が用いられている点も他の諸作例と一致している。地の荷葉(かよう)は平繍(ひらぬい)で表され、葉脈が留繍(とめぬい)される。また蓮蘂(れんずい)も撚糸(よりいと)の留繍で表され、天蓋の垂飾も同様に繍われている。
赤、紺、青、縹(はなだ)、紫、萌黄、黄、白茶、白など諸色の繍糸を用いて華やかに刺繍されているが、総体に温雅で落ち着いた趣を湛えており、制作年代は鎌倉時代後期から南北朝時代頃に置くのが穏当に思われる。
なお、本品は當麻曼荼羅(たいままんだら)で高名な當麻寺(たいまでら)の塔頭(たっちゅう)の一つである西南院(さいないん)伝来と伝えられる。
(清水健)
糸のみほとけー国宝 綴織當麻曼荼羅と繍仏-. 奈良国立博物館, 2018.7, pp.281-282, no.109.
本図は、円相中の蓮台上に配された種子によって阿弥陀三尊の図像を表したものである。上方に花葉による華やかな天蓋、手前に火舎香炉と華瓶を載せた前机が配されている。また、上下の欄は散華と蓮池によってさらに荘厳されている。これらは、全てが刺繍によって表されたものである。種々の彩糸を用い、朱子縫いや刺し縫い、あるいは纏(まと)い縫いなど、様々な刺繍の技法を部分によって使い分けながら、絵画にも劣らない精緻な表現がなされている。特に種子は、故人または縁者のものと考えられる人髪二本が撚り合わされて、朱子縫いの技法で表されている。本品は、もと奈良・当麻寺の西南院(さいなんいん)伝来といわれている。技法、内容とともに鎌倉時代の定式を踏まえた刺繍仏画の優品の一つである。画中に縫い込まれている人髪が男性、女性のいずれかであるかは不明であるが、いずれにせよ本作品製作に所縁のある人物による阿弥陀浄土への強い信仰を感じさせるものである。
(伊東哲夫)
女性と仏教 いのりとほほえみ, 2003, p.254-255

