珠城山(たまきやま)古墳は大和盆地の東南部、三輪山を望む丘陵地に築かれた三基の古墳群である(奈良県桜井市)。本品を出土した三号墳は全長四七・五メートルの前方後円墳で、後円部に横穴式石室(よこあなしきせきしつ)をもつ。杏葉も鏡板も馬具の一種で、杏葉は馬の胸や尻に廻した革帯に吊り下げる飾り、鏡板は轡(くつわ)を付けた馬の頬にあてがう飾板である。本品は数ある杏葉や鏡板の中でも出色の優品で、鳳凰(ほうおう)や忍冬唐草を精巧に透彫(すかしぼり)した金銅板を枠縁の中に収めている。文様意匠に中国の六朝文化の影響を指摘する声もある。杏葉は福岡県船原古墳(ふなばるこふん)の埋納土坑(まいのうどこう)から近似例が発見されており、また鏡板は奈良県藤ノ木(ふじのきこふん)古墳の馬具に比肩する優品と評価されている。
(吉澤悟)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.280, no.242.
珠城山(たまきやま)古墳群は大和盆地の東南部周縁に位置する三輪山の、すぐ北に続く巻向山の別峯、穴師山から、西北に向かって張り出す丘陵の上に立地する。3号墳は3基の古墳群の中の1基で、全長47.5メートルの前方後円墳である。遺物は後円部の横穴式石室から発見されている。杏葉は馬具の一種で、胸繋(むながい)、尻繋(しりがい)の垂飾として用いられる。この遺物も心葉形の鉄地板に、地枕を重ね、透彫りの薄板を重ね、厚い縁板を多数の笠鋲で留めた金銅製品である。薄板は中央の下端部に三葉形を置き、左右に対称的に向き合う鳳凰文を配した図柄を透彫りし、さらに精緻な線刻で文様を描き起こした優品である。また立聞(たちぎき)の方孔には、鏡板(収蔵品番号728-6)と同様の仕様を施す。本遺品は鏡板とともに古墳時代後期の6世紀後半に属する。そこに採用された文様の意匠は、斬新で精巧かつ華麗であり、古墳時代工芸技術の粋を表すもので、中国の六朝文化の影響を濃厚に受けたものとみられる。
(井口喜晴)
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.279, no.10.








