鏡に擬した銅板に、修験道(しゅげんどう)の主尊蔵王権現を線刻した鏡像。権現は岩座に左脚で立ち右脚を蹴り上げる。三鈷杵(さんこしょ)を握った右手を振り上げ、左手は腰に当てる。顔は忿怒(ふんぬ)の相を表し、髪は怒髪(どはつ)で、冠台に三鈷を立てている。線刻はたがねで点線を引く蹴彫(けりぼり)技法である。銅板には鋳損じた箇所があるほか、鋳造時に気泡が抜けず孔になった箇所が随所に見られる。裏面の上下二箇所に角鐶(かくかん)が作り出されており、これを棒に通して立てたと推測される。平安時代後期における鏡像の礼拝方法が分かる点が貴重である。金峯山経塚出土。
(内藤栄)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.269, no.170.
鏡面に蔵王権現(ざおうごんげん)を蹴彫(けりぼり)で表した金峯山経塚(きんぶせんきょうづか)出土と伝えられる鏡像。鏡背は素文で中軸に沿って縦に二箇の凹字形の鈕(ちゅう)を配している。蔵王権現は、修験道(しゅげんどう)の祖とされる役行者(えんのぎょうしゃ)が感得したとされる尊像で、金峯山の山中の磐石(ばんじゃく)から湧出(ゆじゅつ)したと伝えられている。本品に表わされた蔵王権現は、一面三目二臂(ひ)で怒髪(どはつ)の波打つ頭部に三鈷冠(さんこかん)をいただき、右手は高く振り上げて三鈷杵(さんこしょ)を握り、左手は腰脇に置く。右足は高く蹴り上げ、左足は磐石を踏みしめる。天衣が翻転し、霊雲が飛ぶ有様は、伝承にある湧出の様子を表わしたものと考えられる。概ね『金剛山秘密伝(こんごうさんひみつでん)』等に説かれる通行の図様であるが、腰脇の左手を剣印とせず腰に当てるのは、蔵王権現像(東京・西新井大師総持寺)などにもみられ、古い要素を遺すものかとも推測される。尊像表現は端正ではあるものの多分に大らかな気分を感じさせ、製作は平安後期と考えられる。金峯山経塚からは蔵王権現を表わした多数の鏡像・懸仏(かけぼとけ)が出土しており、金武峯山ゆかりの尊像として特に尊崇され埋納されたと思われる。現状で向かって右側が欠損しているのが惜しまれる。
(清水健)
神仏習合-かみとほとけが織りなす信仰と美―, 2007, p.282

