双六局とは、駒を並べて骰子(さい)を振り、相手の陣地に駒を進めるゲームの盤である。木内省古(きうちしょうこ)は木画技法や玳瑁(たいまい)貼りなどを得意とした木工芸家で、宮内省の依頼で昭和七年(一九三二)に木画紫檀双六局の複製を製作し、さらに昭和二十九年にも再び製作した。本品は後者にあたり、前者は東京国立博物館所蔵の品である。
省古は明治三十七年(一九〇四)、二十三歳の折に正倉院御物整理掛(ぎょぶつせいりがかり)に出仕し、宝物の修理を行った。同掛はこの年に閉鎖されたため、省古が宝物と直に接したのは短期間であったが、その間に貪欲に宝物の技術や意匠を吸収した。また、昭和二十七年(一九五二)には文化財保護委員会より指定無形文化財として「木画及び撥鏤(ばちる)」の技術者に認定された。本品の盤面や脚の側面などに見られる木画技法には、六十代半ばを迎え円熟味を加えた省古の真骨頂をみることができる。
(内藤栄)
よみがえる正倉院宝物. 奈良国立博物館, 2020.4, p.119, no.85.
シタン製の双六盤。原宝物は聖武天皇遺愛の品で正倉院の北倉(ほくそう)に伝わる。盤面に三日月形や花形を、側面には唐草文(からくさもん)や鳥文などを木画(もくが)で表す。木画はツゲやコクタンなど数種の木材で装飾したモザイク技法の一種。
題箋
正倉院宝物の木画紫檀双六局(もくがしたんのすごろくきょく)(北倉三七)の模造。省古は宮内省所管の奈良帝室博物館正倉院掛(しょうそういんがかり)より委嘱(いしょく)されて昭和七年(一九三二)に木画紫檀双六局の模造をはじめて手掛け、本品と現在香川県立ミュージアムに所蔵されるもの(昭和十二年[一九三七])とを加え、生涯に少なくとも三基の模造を制作していることがわかっている。一方、昭和二十五年(一九五〇)に生涯三基目となる一基を制作したことを自ら述べており(木内省古「正倉院御物木画の模造について」『MUSEUM』八、昭和二十六年)、昭和二十九年(一九五四)の第一回無形文化財日本伝統工芸展(現在の日本伝統工芸展)にも木画紫檀双六局模造が出品されている。昭和二十五年制作のものと昭和二十九年出品のものが同じかはわからないが、年代からすれば本品は後者に当たるかと考えられる。
木画紫檀双六局の模造は、木内喜八もかつて手掛けており、土佐派の画人・高島千載の粉本(ふんぽん)を元に制作し、第二回内国勧業博覧会に出品、妙技賞を獲得している(農商務省旧蔵。関東大震災にて焼失)。粉本が元になっているせいで、細部に原宝物との相違がみられるが、本品は細部までよく再現されており、現物を実見して行った模造の成果が遺憾(いかん)なく発揮されている。祖父の果たせなかった思いを叶(かな)えたという意味においても、木内家にとって重要な作品の一つといえよう。
(清水健)
名匠三代木内喜八・半古・省古の木工芸. 奈良国立博物館, 2015.6, p.51, no.参考出品.

