現在、東京・根津美術館所蔵の黒漆塗経厨子(高一四三・〇 幅一五一・七 奥行四七・八)の約二分一縮少模造である。原品は貞応元年(一二二二)、尼浄阿が春日若宮の夢告で発願し、仁治三年(一二四二)にかけて一筆で書写し、若宮社に奉納した大般若経六〇〇巻を納めるための経厨子でいまも同館には五四〇帖とその経箱六〇合が伝わっている。厨子の扉四面の各裏面には上記書写の由来と屋根裏には寛元元年(一二四三)および同三年に、浄阿が相伝した大和椎木庄と伊保戸の水田を大般若経転読の永代供料として寄進した旨をそれぞれ刻銘で表す。本品には経も経箱も付属せず、また、四面扉と屋根裏には原品と同文の銘を貼紙墨書する点が異なるが、外装、構造ともどもよく原品に倣っている。当館の「館有列品台帳」によると明治二十九年に奈良博覧会社より買い上げたことが知られるが、明治八年の「第一次奈良博覧会物品目録」・同九年の「第二次奈良博覧会物品目録」には原品の記帳がなく、明治十一年から同二十三年の間のいづれの出陳であるか定かでなく、また本品の作者、西京是陽についても一切不明である。なお「明治維新神仏分離史料」(大正十五年刊)によると原品は維新の際、西大寺に流出し、さらに転じて大正十五年、根津嘉一郎の有に帰したとある。
(河原由雄)
奈良国立博物館の名宝―一世紀の軌跡―,奈良国立博物館.1997.4,p.322.
大般若経(だいはんにゃきょう)六百巻を収めた鎌倉時代の経厨子(きょうずし)(東京・根津美術館蔵)の約二分の一の縮小模造。原品はもと春日大社(かすがたいしゃ)の若宮(わかみや)に伝来した。本品は明治時代に奈良の社寺の宝物が多く模造される中で作られたとみられる。
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