中国で本格的に仏教が受容され始めた五胡十六国時代の金銅仏である。これらはガンダーラの仏像様式を源流としつつも、左右対称の衣文(えもん)構成や、両手を組んで手の甲を前に向けて腹前に置き、あたかも拱手(きょうしゅ)するかのような印相(いんぞう)などに、中国化した要素が現れるのが特徴である。大きめの肉髻(にっけい)や肩が張った量感のある体軀(たいく)といった特徴が一致し、本像と同じ雛型(ひながた)から造られたと思われる金銅仏が数例存在する。台座までを一回の鋳込(いこ)みで造り、像の体部まで中空とする。衣文線や手指などの細部は鏨(たがね)で陰刻する。
(岩井共二)
なら仏像館名品図録. 奈良国立博物館, 2022, p.155, no.214.
中国で造立された初期の金銅仏。中央アジアを経て伝えられたガンダーラの仏像様式を源流としつつも、左右対称の衣文構成や、拱手するような印相など、中国の神仙の姿を思わせるような趣がある。
音声ガイド
新たに収蔵された本像は、当館所蔵の金銅仏の中では最も古いものとなる。大きな肉髻(にっけい)に比較的大ぶりの目鼻立ちが特徴で、袈裟を通肩にまとって禅定印のような印相をとる坐像である。台座には一対の獅子が表される。こうした形状は、現在のパキスタンにあたるガンダーラ地方の仏像に由来すると考えられる。しかし、左右対称に規則正しく刻まれる衣文の構成や、両手を組んで、拱手(きょうしゅ)(中国で敬礼するときの手の形)するかのような印相など、どこか銅鏡の裏面に表される神仙(しんせん)のような雰囲気を漂わせている。神仙像を彫っていた漢民族の工人が、原型を造ったのではないかと思わせる。
本像が制作された中国の五胡十六国時代(304~439)は中国北部で遊牧民族の国々が興亡を繰り広げた動乱の時代である。インドから伝わった仏教は、この時代に中国社会に広く浸透していった。本像もそんな時代背景のもとで造られた金銅仏の一つなのだろう。中国初期の仏像として貴重であり、これまで北魏以前の金銅仏がなかった当館の名品展をより充実させてくれる仏像となるだろう。
(岩井共二)
奈良国立博物館だより第106号. 奈良国立博物館, 2018.7, p.8.

