西方から東方を向いた俯瞰(ふかん)の視点で、一之鳥居から春日東西塔、二之鳥居、本社、若宮社を経て、神体山の御蓋山(みかさやま)・春日山に至る春日大社の景観を描く。春日山の上方に浮かぶ五つの円相内には春日大社の祭神五柱の本地仏(神の本来の姿とされる仏菩薩)五尊、向かって右から文殊菩薩(もんじゅぼさつ)(若宮)・不空羂索観音(ふくうけんじゃくかんのん)(本社第一殿)・薬師如来(やくしにょらい)(第二殿)・地蔵菩薩(じぞうぼさつ)(第三殿)・十一面観音(じゅういちめんかんのん)(第四殿)の坐像を描く。特に右から二番目の本社第一殿の本地仏を、通例の釈迦如来ではなく三目八臂の不空羂索観音として描くのは極めて珍しい。藤原摂関家を中心とする興福寺南円堂本尊への崇敬を背景として、春日本地仏の初見史料である承安五年(一一七五)の「春日大明神御躰注進文」も不空羂索・薬師・地蔵・十一面・文殊の五尊説を説いており、本図はこの最古の本地仏説を踏襲する稀有な作例である。
景観に比して本地仏を大きく表し、これら本地仏の端正な面貌や、衣文線に精緻な截金線を置く着衣、一本一本丁寧に描き分ける御蓋山の樹木、大きく屈曲する参道、春日西塔を正面向きに捉える構成など、総じて古様を示しており、成立は十三世紀にさかのぼると考えられる。
(谷口耕生)
春日大社若宮国宝展-祈りの王朝文化-. 奈良国立博物館, 2022.10, p.123 ,no.12.
春日宮曼荼羅は、春日社の社景を西側から俯瞰(ふかん)して見渡すように描く絵画で、春日の神々を礼拝する際の本尊として、平安時代以降描かれ続けた。社域に建つ社殿を描くことによって神の存在を示すとともに、上方に五体の本地仏を描くことで、春日社本殿と若宮社の合計五体の神々の仏の姿をも表す。
本図は、精緻(せいち)な景観および本地仏(ほんじぶつ)の表現が見事であるとともに、釈迦(しゃか)とされることの多い、春日社本殿第一殿(一宮)の本地仏を不空羂索観音(ふくうけんさくかんのん)として表す古様を伝えている点に特色がある。現存の春日宮曼荼羅中では古例に数えられる優品である。
(北澤菜月)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.271, no.178.
西方から東方を向いた俯瞰の視点で春日大社の景観を描く。春日山の上方に浮かぶ五つの円相内に表された春日社の本地仏(ほんじぶつ)五尊のうち、右から二番目の一宮本地仏を、通例の釈迦如来ではなく三目八臂の不空羂索観音(ふくうけんじゃくかんのん)として描くのは極めて珍しい。藤原摂関家を中心とする興福寺南円堂本尊への崇敬を背景として、春日一宮本地仏を不空羂索観音とする説は古来行われてきたが、とりわけ春日社の本地仏に言及する初見史料である承安五年(一一七五)の春日社神主大中臣時盛(おおなかとみのときもり)による「春日大明神御躰本地注進文」は一宮・不空羂索観音、二宮・薬師如来、三宮・地蔵菩薩、四宮・十一面観音、若宮・文殊菩薩と説いており、本図はこれと同じ古式の本地仏五尊を踏襲する稀有な作例である。
これら本地仏の端正な面貌や、精緻な截金線を置く着衣の衣文、一本一本丁寧に描き分ける御蓋山(みかさやま)の樹木、先端が馬蹄形(ばていけい)をなす帯状の霞など、十三世紀に遡る春日宮曼荼羅と共通する描写が認められる。また、景観に比して本地仏を大きく表し、春日西塔を正面向きに捉えるといった全体の構成は、鎌倉時代後期に遡る春日宮曼荼羅扉絵(個人蔵)や愛知・本光寺本、南北朝時代成立の愛知県美術館本とほぼ一致し、連綿と描き継がれた図様と考えられる。
(谷口耕生)
創建一二五〇年記念特別展 国宝 春日大社のすべて. 奈良国立博物館, 2018, p.314, no.107.
西方から東方を向いた俯瞰(ふかん)の視点で春日社の景観を描く。春日山の上方に浮かぶ五つの円相内に表された春日社の本地仏(ほんじぶつ)五尊のうち、右から二番目の一宮本地仏を、通例の釈迦如来ではなく三目八臂の不空羂索観音として描くのは極めて珍しい。藤原摂関家を中心とする興福寺南円堂本尊への崇敬を背景として、春日社一宮本地仏を不空羂索観音とする説は古来行われてきたが、とりわけ春日社の本地仏に言及する初見史料である承安五年(一一七五)の春日社神主大中臣時盛(おおなかとみのときもり)による「春日大明神御躰本地注進文」は不空羂索(一宮)・薬師(二宮)・地蔵(三宮)・十一面(四宮)・文殊(若宮)と説いており、本図はこれと同じ古式の本地仏五尊を踏襲(とうしゅう)する稀有(けう)な作例である。この五尊構成は永仁二年(一一九四)に二条義良(にじょうのりよし)が起草した『春日社私記』の本地仏説にも採用されており、摂関家を中心に一定の流布を見たものと考えられる。これら本地仏の端正な面貌や、精緻(せいち)な截金(きりかね)線を置く着衣に衣文、一本一本丁寧に描き分ける御蓋山の樹木、先端が馬蹄形(ばていけい)をなす帯状の霞など、十三世紀に遡る春日宮曼荼羅と共通する描写が認められる。景観に比して本地仏を大きく表し、春日西塔を正面向きに捉えるなどの構成は、十三世紀末に遡(さかのぼ)る春日宮曼荼羅扉絵(個人蔵)とよく一致することから、本図もこれに近い時期の成立と考えられよう。
(谷口耕生)
おん祭と春日信仰の美術 特集威儀物 : 神前のかざり, 2014, p.63

