額安寺(かくあんじ)(奈良)に伝来した細身の小型独鈷杵で、きわめて特異な形状を見せる。把(つか)は中央に大きい縦長の鬼目(きもく)を表す。縦長鬼目は請来品(しょうらいひん)を写したと推定される尊永寺(そんえいじ)(静岡)の五種鈴(ごしゅれい)などに見られる程度で、きわめて珍しい。また、一般的な金剛杵(こんごうしょ)は帯の両側に蓮弁が表されるが、本品では帯の外側にのみ表し、内側を省略している。国産の法具では、この形式の金剛杵は京都国立博物館所蔵の金銅三鈷杵が知られるのみだが、これも額安寺(奈良)に伝来した品で、本来本品と一具の法具である。おそらく本品は由緒ある請来法具をモデルとして作られたと推定される。
(内藤栄)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.277, no.220.
金剛杵(こんごうしょ)は密教の修法(しゅほう)や儀礼に用いられる密教法具の一つ。古代インドの武器を原形とし、仏敵を討ち滅ぼし、内なる煩悩(ぼんのう)を破砕する力を持つとされ、また仏の智慧(ちえ)の端緒であるとも説明される。鋭く尖った先端を有する鈷(こ)部と、手で握るための把(つか)部からなっており、把部の両端に鈷部がつく形式で表される。
本品は鈷が単一の独鈷杵と呼ばれる形式で、把部の中央に大振りの杏仁(きょうにん)形の二重鬼目(きもく)を四箇表し、その両端に二線の幅広の約条を配し、八葉素弁間弁付きの蓮弁飾りがこれに続いて表される。蓮弁はわずかに中央に凌が立てられ、蓮弁飾りの先には蓮蘂(れんずい)がやや長めに刻まれる。両端にはややふくらみのある細長い鈷が作り出されており、鈷の稜線は鬼目の延長に位置し、鈷の面の延長には鬼目を劃(かく)する窪みが表されている。鬼目が鈷の伸びる方向に対して細長く表されており、一箇の鬼目に対し二葉の蓮弁が均整に配されることもあって、総体にすっきりと、華奢な印象を与えている。
本品は、近年まで奈良・額安寺に伝来したもので、忍性所持の伝承が付されているが、平安期の遺風を留める優美な作風は、時代的に齟齬(そご)しない。穏やかな形姿は和様化の進展を示しているが、蓮弁飾りの片側が省略されるのは、京都・醍醐寺(だいごじ)や和歌山・上池院(じょうちいん)に伝わる金銅九鈷杵(こんどうくこしょ)のような、中国・宋から元の作例に見受けられ、また大振りな鬼目にも請来(しょうらい)法具の影響がうかがわれる。
なお本品にみられるこうした特徴的な形式は、「額安寺形(かくあんじがた)」と呼称されており、他に同工の金銅三鈷杵(さんこしょ)が知られている。
(清水健)
忍性-救済に捧げた生涯-. 奈良国立博物館, 2016.7, p.230, no.27.

