愛染明王(あいぜんみょうおう)は、愛欲を浄菩提心(じょうぼだいしん)(さとりを求める心)に変える仏として知られ、息災(そくさい)や調伏(ちょうぶく)を願う本尊としても信仰を集めた。インドや中国での造像の実態は不詳だが、日本では平安時代以降に多くの造像例が知られる。本品は、蓋付きの円形の小仏龕(しょうぶつがん)に愛染明王を浮彫りしたもので、形状から「香合仏(こうごうぶつ)」と呼ばれる。小像ながら細部まで意の行き届いた精緻な彫技が賞され、腕の背後も丁寧に彫り透かされている。蓋裏には愛染明王を表す梵字(種子(しゅじ))が表され、その地に截金(きりかね)を市松様(いちまつよう)に施して美しく装飾される。繊細優美な王朝の美意識を感じさせる作品である。
(三本周作)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.261, no.115.
香合仏は蓋と身からなる小さな仏龕で、香合のような外見を有するためこのように呼ばれる。本品は白檀と推定される木材から彫出され、身に愛染明王坐像を浮彫している。愛染像は通常見られる六臂像であるが、台座が宝瓶座でないこと、左第三手に日輪を有している点が通形とは異なる。唇や髪など部分的に彩色が見られるほか、随所に截金が見られる。蓋裏は中心に金箔を押した愛染種子を表し、地に石畳文を截金で飾っている。製作年代は平安時代後期に推定され、愛染明王香合仏の初期作例として貴重である。
(内藤栄)

