中尊寺経は、奥州(おうしゅう)藤原氏の初代藤原清衡(ふじわらのきよひら)(一〇五六~一一二八)が発願(ほつがん)し、書写させた一切経。紺色に染めた紙に、銀で界線を引き、一行おきに金と銀で交互に文字が記される。平泉(ひらいずみ)文化の代表的な遺品である。
題箋
奥州藤原氏の礎を築いた藤原清衡(ふじわらのきよひら)(一〇五六~一一二八)の発願により書写された一切経のうちの一巻で、「中尊寺経」と称される。紺紙に銀泥で界線を引き、金銀泥で一行ずつ交互に経文を書写する。表紙は金銀泥で宝相華唐草文(ほうそうげからくさもん)を描く。同じく金銀泥による見返絵は、遠山を背景に釈迦(しゃか)が正面を向く説法図(せっぽうず)である。
諸史料から、永久五年(一一一七)頃から八年程かけて書写し、天治三年(一一二六)の中尊寺建立供養の前に完成させたと考えられている。調査により、不要になった文書を紺色に染めた料紙も利用されていることが確認され、紙は都周辺で調達されたと考えられている。
(斎木涼子)
SHIBUYAで仏教美術ー奈良国立博物館コレクションより. 渋谷区立松濤美術館, 2022.4, p.104, no.6.

