赤色の愛染明王(あいぜんみょうおう)と青黒色の不動明王(ふどうみょうおう)が合体した両頭愛染(りょうずあいぜん)が蓮華座(れんげざ)上に坐(すわ)る姿を鮮やかな彩色で描く。蓮華座は三鈷杵(さんこしょ)をくわえる獅子(しし)が背負う宝瓶(ほうびょう)の上に載る。下方には、白象に乗る矜羯羅(こんがら)と獅子(しし)に乗る制吒迦(せいたか)の二童子がそれぞれ鳶(とび)と烏、狐を弓矢で狙う様を表す。上方左右の円相(えんそう)内に八獅子(しし)に乗る八字文殊(はちじもんじゅ)と蓮華座上の三角形、その間に円輪と北斗七星を配するのは他に例のない構成である。
両頭愛染は相対する原理が一体であることを象徴するという。本図はさらに星宿信仰(せいしゅくしんこう)や真言律宗(しんごんりっしゅう)で重視された八字文殊との関わりなど複雑な信仰背景が想定される。
(萩谷みどり)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.260, no.108.
愛欲(あいよく)と煩悩(ぼんのう)を象徴する愛染明王(あいぜんみょうおう)、一切の魔を降伏(ごうぶく)する不動明王(ふどうみょうおう)という二つのほとけが複雑に合体した忿怒尊(ふんぬそん)。一つの体に二つの顔、六本の手をもつという妖(あや)しいその姿は、鮮烈な赤の色彩と相まって見るものを魅惑してやまない。
二頭一身の愛染明王は、金剛界(こんごうかい)と胎蔵界(たいぞうかい)、理と智、男性と女性など、相対する原理が不二であることを体現する尊格とされており、とりわけ本図のように左面を不動、右面を愛染とするのは醍醐寺(だいごじ)僧勝賢(しょうけん)の説といわれる。さらに画面上方に文殊菩薩(もんじゅぼさつ)や星宿(せいしゅく)とみられる円輪、北斗七星を配するなど、他に例を見ない極めて特色ある図像を採用する点も大変注目される。醍醐寺を中心とする真言宗(しんごんしゅう)小野流(おのりゅう)では、頭上に北斗七星を配する愛染明王像や、文殊菩薩を中尊とする北斗曼荼羅(ほくとまんだら)が流布したことが知られており、本図のような愛染明王信仰と星宿信仰が複雑に交錯する図像も、恐らく小野流に近い環境の中で生み出されたのだろう。
その一方、両頭愛染明王を背に乗せる獅子(しし)は、目を大きく見開き、大きな口で三鈷杵(さんこしょ)をくわえながら愛嬌(あいきょう)ある表情を浮かべており、主尊の二つの顔に表れる恐ろしい忿怒相と好対照をなしている。さらに画面下方に描かれる不動明王の二人の使者、象に乗る矜羯羅童子(こんがらどうじ)と獅子に乗る制吒迦童子(せいたかどうじ)の姿は、射的(しゃてき)に興じるわんぱく少年のようでなんとも愛らしい。真言密教の秘奥(ひおう)を極めた図像でありながら、劇画のようなユーモアあふれる誇張された表現にこそ、本図の最大の魅力があるといっても過言ではない。
(谷口耕生)
奈良国立博物館だより第100号. 奈良国立博物館, 2017.1, p.8.

