奈良・當麻寺(たいまでら)の本堂に安置される當麻曼荼羅を収めた奈良時代の厨子の軒先板の復元模造品。奈良時代に盛行した平脱(へいだつ)技法で、唐花(からはな)等の文様(もんよう)が表される。作者の北村大通(きたむらだいつう)は奈良の漆芸家で、厨子の修理を手掛けた。
題箋
本堂において當麻曼荼羅を安置する厨子は、扉に仁治三年(一二四二)の銘があることから、昭和三十二年(一九五七)に始まった解体修理以前は、厨子本体もこの時代の作品と考えられていた。しかし、解体修理が始まり、日頃外からは見えない部分に奈良時代もしくは平安時代初期と推定される金泥文様(きんでいもんよう)があることが明らかになると、厨子本体は本堂の前身堂時代の遺構と考えられるようになった。とりわけ漆工史上の大発見が屋根の軒板下面に施された金平脱文様(きんへいだつもんよう)であった。
厨子は基壇から本体、屋根に至るまで横長六角形の平面を持つ。屋根は照りむくりを持ち、正面と背面は放射状に広がる蕨手形の隅木(すみき)で軒を三間に、側面は二間に分けている。軒の部分は内外二段になっているため、正面と背面は六枚ずつ、側面は四枚ずつの計二十枚の軒先板があったが、後世背面の外側三枚は外され残っていない。軒先板の下面は後世塗られた漆で厚く覆われていたが、それを取り除くと平脱文様の痕跡が発見された。平脱とは唐時代及び奈良時代に用いられた漆工技法で、漆面に金属の板を切って作った文様を貼り、一旦漆でそれを塗り込めてから、文様上の漆を刃物ではぎ落とすという技法である。そのため、金属板が剝落すると文様の形が窪んだ状態で残る。この厨子の軒先板ではその痕跡から、内側の板は各間とも綬帯(じゅたい)をくわえる鳥と唐花文様(からはなもんよう)の意匠、外側の板には飛天と唐花文の意匠が確認された。鳥には鳳凰、ヤツガシラ、孔雀、インコらしき鳥などが見られ、また飛天の形姿を変えるなど、各間で意匠を変えている。なお、一部に文様の金板も残っており、その表面には毛彫(けぼり)文様が確認できた。漆工の修理は奈良の漆工家北村大通(きたむらだいつう)が担当し、北村は軒先板を子細に観察しこの模造を製作した。大型の厨子にこのような精緻な文様を凝らしたことは驚嘆に値し、造立当初の厨子は漆黒の中に金や銀の文様が浮かび上がる荘厳の様であったことがしのばれる。
(内藤栄)
當麻寺 極楽浄土へのあこがれ. 奈良国立博物館, 2013.4, p.297, no.72.

