本紙だけでなく表具(ひょうぐ)まで全面刺繡で表現された作品。向かって右に釈迦如来、左に阿弥陀如来を表すが、両如来とも台座、光背(こうはい)、天蓋(てんがい)を有し、彫像を写したような姿である。手前には獅子型香炉(ししがたこうろ)を置く前机(まえづくえ)と一対の華瓶(けびょう)を置いている。本紙の周囲に円相内に阿弥陀の種子(しゅじ)キリークを四十八個表す。表具の天は飛天と『法華経(ほけきょう)』及び『大無量寿経(だいむりょうじきょう)』の偈(げ)を表し、地は蓮池を表す。刺繡技法は刺(さ)し繡(ぬい)を主とし、如来の髪や袈裟(けさ)の縁、キリーク、偈には人の髪を用いている。前机と華瓶は台裂(だいぎれ)に和紙を敷いて刺繡されている。釈迦は現世で死者を見送り、阿弥陀は浄土へ迎えるとされ、この作品は臨終の場もしくは死者の供養に用いられたと推定される。
(内藤栄)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.267, no.154.
本紙の中央に、天蓋の下で光背付の台座上に立つ一対(いっつい)の如来を刺繍で表した繍仏。向かって右の尊像は、右手を施無畏(せむい)印とし、右手を与願(よがん)印とする釈迦(しゃか)如来、左は左右とも第一・二指を捻(ねん)じて来迎(らいごう)印を結ぶ阿弥陀(あみだ)如来と考えられる。二尊の立つ台座の床面は壇場(だんじょう)風に截金文様(きりかねもんよう)を踏まえた花入りの格子文(こうしもん)が表され、二尊の前には口から煙の立ち上る獅子形香炉(ししがたこうろ)の置かれた方卓を中央に、左右に蓮華を生けた台座を有する一対の華瓶(けびょう)が表される。本紙には五色線がめぐらされ、中廻(ちゅうまわ)しには蓮華座に乗る種子(しゅじ)・キリークが四十八字整然と並び、阿弥陀の四十八願を示すと解釈される。表具の天には散華(さんげ)中に、琵琶を弾く天人と華籠(けこ)を捧げる天人、綬帯(じゅたい)が結ばれた箏(そう)、笙(しょう)、横笛、偈(げ)を表した色紙形(しきしがた)が配置される。色紙形の偈は向かって右が『法華経(ほけきょう)』如来神力品(にょらいじんりきほん)第二十一の「於我滅度後、応受持此経、是人於仏道、決定無有疑」、左は『大無量寿経(だいむりょうじゅきょう)』の「其仏本願力、聞名欲往生、皆悉至彼国、自致不退転」と読める。地には蓮池に浮かぶ洲浜(すはま)に華籠を捧げる左右一対の迦陵頻伽(かりょうびんが)が表され、蓮華上には化生童子(けしょうどうじ)の姿も見出される。繍糸の損傷が少なくないのが惜しまれるが、総繍(そうぬい)された原装を伝えており、貴重である。
刺繍は刺(さ)し繍(ぬい)を主とし、文様を留繍(とめぬい)で施した床面、表具の地の葉脈や露を留繍した荷葉(かよう)、洲浜等は平繍(ひらぬい)で表されている。また如来の袈裟(けさ)の田相(でんそう)部の雷文繋(らいもんつな)ぎの上に円花文を表す部分ゃ、裳の菊花文も留繍で表され、天蓋の垂飾には駒繍(こまぬい)が用いられる。この他蓮池の水波には纏繍(まついぬい)が用いられるなど、中世の繍仏にふさわしい繍技が発揮されている。なお、如来の螺髪(らほつ)、袈裟の条葉(じょうよう)部、文字の部分には髪繍(はっしゅう)が施されている。
繍糸は赤、紫、紺、青、浅葱(あさぎ)、緑、萌黄(もえぎ)、黄、白など多彩で、褪色(たいしょく)が惜しまれるが、制作当時の華やかな様子が偲ばれる。
各モチーフの表現はそれ程形式化が進んでおらず、初発性をうかがわせるが、平繍部分が増えていることや幾分緻密さを減じた繍技などから、制作年代については鎌倉時代後期の範囲内で、ある程度の幅を持たせて考えたい。
釈迦による往生者の発遣(はっけん)と、阿弥陀による来迎(らいごう)とを合わせて表した遣迎(けんごう)二尊の繍仏の一例で、浄土宗の教えを受けて制作されたと考えられる。ただし、遣迎二尊にもかかわらず、乗雲ではなく、天蓋や光背、台座を表す点は異例であり、いずれかの彫像を踏まえた表現である可能性についても検討されるべきであろう。
(清水健)
糸のみほとけー国宝 綴織當麻曼荼羅と繍仏-. 奈良国立博物館, 2018.7, p.277-278, no.96.
向かって右に釈迦如来、左に阿弥陀如来を一図に配し、台座・光背・天蓋まで表した繍仏(しゅうぶつ)。両尊とも蓮弁(れんべん)を暈繝繍(うんげんぬ)いで表した踏割蓮華(ふみわりれんげ)上に立つ。台座は右脚を前にして前後に蓮華を置き、その下に三重六角框(かまち)を備える特色あるかたちである。一見、両尊の台座は同様に見えるが、阿弥陀如来の台座は上から二重目と三重眼の框の間に蓮弁帯を表すといった区別が見られる。
(谷口耕生)
みほとけのかたち 仏像に会う. 奈良国立博物館, 2013.7, p.74, no.44.
刺繍で仏の像を表す繍仏(しゅうぶつ)は、一般にはなじみの少ない作品であろう。しかし、古代のわが国ではきわめてポピュラーな造像表現の一つであり、平城京の薬師寺講堂に懸けられた刺繍阿弥陀浄土図のように大寺院の主要堂宇の本尊とされる例もあった。しかし、平安時代になると繍仏の製作は急激に少なくなり、私の知る限り平安時代の繍仏作品は伝わっていない。再び繍仏が製作されるようになるのは鎌倉時代以降であり、阿弥陀信仰に関わる作品を中心に作例を見ることができる。この時代、当麻曼荼羅(たいままんだら)を織ったとされる中将姫(ちゅうじょうひめ)に対する信仰が盛んとなり、一針一針刺繍をする作善が中将姫を想起させ、繍仏の復活を見たのではないかと思われる。
この作品は全面を刺繍で表した作品で、中世の繍仏としては大作に属する。画面は上中下の三段に分けられ、上段は飛天や楽器、及び『法華経』と『大無量寿経』の偈(げ)、中段は釈迦如来と阿弥陀如来の立像、下段は迦陵頻伽(かりょうびんが)が遊ぶ蓮池を表している。釈迦・阿弥陀像は蓮華座に立ち、宝相華文(ほうそうげもん)を透彫した豪華な光背を負い、頭上には天蓋を掲げている。仏前には華瓶(けびょう)一対と前机に載る獅子型香炉(ししがたこうろ)が見られる。このような表現から実際の仏像を写したのではないかと推定される。刺繍糸は絹糸を主とし、仏像の頭髪や袈裟の一部と偈に人の頭髪を用いている。刺し繍(ぬ)い、留め繍い、こま繍い、まつい繍いなどの刺繍技法が用いられており、刺繍表現は精緻である。
釈迦と阿弥陀の二尊は、この世から往生者を浄土に送る釈迦と、浄土で往生者を迎える阿弥陀を表したものである。阿弥陀浄土への往生を祈願した人物が日々礼拝した本尊であったと思われる。
(内藤栄)
奈良国立博物館だより第81号. 奈良国立博物館, 2012.4, p.8.
全面を刺繍で表した作品。画面は上中下の三段に分けられ、上段は飛天や楽器、及び『法華経』と『大無量寿経』の偈、中段は釈迦如来と阿弥陀如来の立像、下段は迦陵頻伽がいる蓮池を表している。中段の釈迦・阿弥陀像は蓮華座に立ち、宝相華文を透彫した豪華な光背を負い、頭上には天蓋を掲げている。仏前には華瓶一対と前机に載る獅子形香炉が見られる。このような表現には、実際の仏像を写したかのような印象を与える。刺繍糸は絹糸を主とし、仏像の頭髪や袈裟の一部、偈の文字などに人の髪を用いている。刺し縫い、留め縫い、こま縫い、まつい縫いなどの刺繍技法が用いられており、刺繍表現は精緻である。釈迦と阿弥陀の二尊は、この世から往生者を浄土に送る(発遣という)釈迦と、浄土で往生者を迎える(召喚という)阿弥陀を表したものである。中世の繍仏には浄土への憧憬を表した作品が数多く作成された。
(内藤栄)













