太く、雄大な鈷を表した三鈷杵。三鈷杵は金剛杵の一種で、三叉の鈷を有し、煩悩を打ち砕く法具である。銅製鋳造、表面には鍍金(ときん)を施して仕上げる。中鈷(なかこ)は断面四角形で匙面(さじめん)を取り、付根付近に大きな節(ふし)を表して先端に向かって鋭(するど)く尖(とが)る。脇鈷(わきこ)は鈷を緩(ゆる)やかに伸ばすが、外張りのある堂々とした形姿で、嘴形(くちばしがた)を表す。把手(持ち手)は中央の四方に鬼目(きもく)を表し、その上下に単弁八葉(間弁付)の蓮弁帯(れんべんたい)を巡らして、断面が算盤珠(そろばんだま)形の装飾帯で約す。鬼目は楕円形を二つ並べたものを一組とし、それを複連点文(ふくれんてんもん)で装飾した突線で囲む。複連点文とは、複連点鏨(ふくれんてんたがね)(二箇一組の点鏨)という特殊な鏨を使った装飾技法で、中国・唐代の金属工芸品にしばしば用いられた。わが国において、平安時代以降の金剛杵は、把手を長く鈷を短く作る傾向にあるが、本品ではその逆で、把手を短く鈷を長く、かつ大きく表しており、金剛杵の祖形とされる古代インドの武器を思わせる造形を見ることができる。
ところで、八世紀に製作された三鈷杵の遺品の中には、本作と様式的に異なり細身で鋭利な矢印形の鈷を表したものがある。伝世品では正倉院宝物・鉄三鈷(てつのさんこ)、銅三鈷(どうのさんこ)が、出土品では当館蔵(伝山形県月山(がっさん)出土)(館蔵品番号1158-0)や栃木・二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)蔵(栃木県男体山(なんたいさん)出土)などが知られている。これらは「古式三鈷杵(こしきさんこしょ)」と通称され、空海以後(純密)の法具に先行する形式と考えられているが、ほぼ同時期の唐にはすでに本品や円満寺蔵・金銅三鈷杵などの法具も確認できる。おそらく、同時期の一方には雑密(ぞうみつ)の「古式三鈷杵」が、他方には純密の三鈷杵が存在していたのであり、本作は純密系の三鈷杵の古例として極めて重要な遺品である。
(伊藤旭人)
空海 密教のルーツとマンダラ世界. 奈良国立博物館, 2024.4, p.267, no.62.
三股の鈷(こ)をもつ三鈷杵(さんこしょ)である。鈷は太作りで、脇鈷(わきこ)は先端に向かってゆるやかに広がる。しかも、鈷は把(つか)の長さに対して大きく表されており、存在感の強い雄大な造形に作られている。脇鈷の中ほどに表された嘴(くちばし)形の突起も鋭利(えいり)さを具(そな)えており、武器由来といわれる金剛杵(こんごうしょ)の本来の形姿(けいし)を偲(しの)ばせるものがある。一方、把は中央に鬼目(きもく)を表し、その両側に蓮弁飾を配した通形(つうぎょう)の構成をとりつつも、楕円形を二つ連ねたような鬼目の形や、蓮弁飾の括(くく)りの位置が中寄りに表されるなど、細部では型に嵌(は)まらない表現が認められる。こうした特徴から、本品は中国・唐時代の作である可能性が高い。
(三本周作)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.264, no.133.

