春日社の神体山である御蓋山(みかさやま)と春日山を背景として、春日神の使いとされる神鹿が雲に乗って飛来する姿を近景にひときわ大きく描く。春日山の上方に浮かぶ赤に縁取った金色の円相は、日輪を表しているのだろう。下方の霞が途切れたところには、春日社境内の入り口となる一之鳥居とそこから上方に伸びる参道が配されており、左右の春日野には鹿の群れる姿が見える。
神鹿の鞍上に戴く神木の榊(さかき)は五本の枝を伸ばし、幣(しで)と藤花が垂れるその枝先には春日大社祭神五柱の本地仏(神の本来の姿とされる仏菩薩)五尊が立つ。本地仏は向かって右から文殊菩薩(若宮)、釈迦如来(本社第一殿)、薬師如来(第二殿)、地蔵菩薩(第三殿)、十一面観音(第四殿)。いずれも皆金色身に描かれており、光背のように諸尊を包み込む金色の大円相と一体化することによって、依り代として榊に懸かる鏡に現れた神の姿であることを象徴的に表している。
こうした春日の神鹿を中心に描く鹿曼荼羅と呼ばれる形式の絵画は、神護景雲二年(七六八)に春日明神が常陸国(ひたちのくに)鹿島(かしま)から鹿に乗って御蓋山に影向したという信仰に基づくもので、春日曼荼羅の一定型として中世において盛んに描かれた。中でも本品は鹿の写実的な描写に優れ、繊細・緻密な筆致で体毛の毛描きを表すとともに、肉親の立体感や角の質感を見事に表している。本地仏背後の大円相に裏箔(うらはく)、神鹿の肉親には白色の裏彩色(うらざいしき)を丁寧に施すなど古様な表現が認められることから、その製作は鎌倉時代後期にさかのぼるとみられ、現存最古級の春日鹿曼荼羅として極めて貴重である。
(谷口耕生)
春日大社若宮国宝展-祈りの王朝文化-. 奈良国立博物館, 2022.10, p.122, no.8
春日社の神山である御蓋山(みかさやま)と春日山を背景に、神の使いとされる神鹿が雲に乗り飛来する幻想的な姿を繊細な筆致で描く。神鹿の鞍の上に神木の榊(さかき)が伸び、藤が絡まる。榊の枝先には、春日社本殿と若宮の祭神が、本地仏(ほんじぶつ)の姿(向かって右から、文殊(もんじゅ)[若宮]、釈迦(しゃか)[本殿一宮]、薬師(やくし)[二宮]、地蔵(じぞう)[三宮]、十一面観音(じゅういちめんかんのん)[四宮])で表されている。
雲にのる神鹿の図像は、春日社本殿第一殿(一宮)の神が、鹿に乗り春日の地へ影向(ようごう)したという伝説を背景にするとみなされ、神鹿の鞍から伸びる神木とその上に立つ本地仏の姿によって神の存在を知らしめる構想である。類例のなかでも製作時期が早く、絵画表現にもすぐれた名品。
(北澤菜月)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.271, no.182.
御蓋山(みかさやま)と春日奥山(かすがおくやま)の山容を背景とする春日大社の神域に、春日神の使いとされる神鹿(しんろく)が雲に乗って飛来する姿をひときわ大きく描く。神鹿の鞍上に戴(いただ)く神木の榊(さかき)は五本の枝を伸ばし、幣(しで)と藤花が垂れるその枝先には春日大社の本社および若宮神社の本地仏(ほんじぶつ)(祭神の本来の姿とされた仏菩薩(ぶつぼさつ))である五尊のほとけ、すなわち向かって右から若宮・文殊菩薩(もんじゅぼさつ)、本社一宮(いちのみや)・釈迦如来、二宮・薬師如来(やくしにょらい)、三宮・地蔵菩薩(じぞうぼさつ)、四宮・十一面観音(じゅういちめんかんのん)が立つ。
こうした春日の神鹿を中心に描く鹿曼荼羅と呼ばれる形式の絵画は、神護景雲二年(七六八)に春日明神が常陸国(ひたちのくに)鹿島(かしま)から白鹿に乗って御蓋山に影向したという信仰に基づくもので、春日曼荼羅の一定型として鎌倉時代以降盛んに描かれた。中でも本品は、鹿の写実的な描写に優れ、繊細・緻密な筆致で体毛の毛描きを施すとともに、肉身の立体感や角の質感を見事に表している。さらに樹木の枝一本一本を丁寧に描き分け、本地仏背後の大円相部分に絹裏から金箔を施すなど古様な表現が認められることから、その製作は鎌倉時代後期に遡(さかのぼ)るとみられる。現存最古級の春日鹿曼荼羅として極めて貴重な作例である。
(谷口耕生)
おん祭と春日信仰の美術ー特集 神鹿の造形ー. 奈良国立博物館, 2020, p.58, no.32.
春日大社の神体山である御蓋山(みかさやま)と春日山を背景として、春日神の使いとされる神鹿が棚引く霞の中に雲に乗って飛来する姿を、近景にひときわ大きく描く。春日山の上方に浮かぶ赤に縁取った金色の円相は、日輪を表しているのだろう。下方の霞が途切れたところには、春日大社境内の入り口となる一之鳥居とそこから上方に伸びる参道が配されており、左右の春日野には鹿の群れる姿が見える。 神鹿の鞍上に戴く神木の榊(さかき)は五本の枝を伸ばし、弊と藤花が垂れるその枝先には春日社の祭神の本地仏(ほんじぶつ)である五尊の仏菩薩が立つ。本地仏は向かって右から、若宮・文珠、一宮・釈迦、二宮・薬師、三宮・地蔵、四宮・十一面。本地仏はいずれも皆金色身に描かれており、光背のように諸尊を包み込む金色の大円相と一体化することによって、依り代として榊に懸かる鏡に現れた神の姿であることを象徴的に表している。
こうした春日の神鹿を中心に描く鹿曼荼羅と呼ばれる形式の絵画は、神護景雲二年(七六八)に春日明神が常陸国(ひたちのくに)鹿島から白鹿に乗って御蓋山に影向したという信仰に基づくもので、春日曼荼羅の一定型として三十点以上の類品が知られる。中でも本品は鹿の写実的な描写に優れ、繊細・緻密な筆致で体毛の毛描きを施すとともに、肉身の立体感や角の質感を見事に表している。本地仏背後の大円相に裏箔、神鹿の肉身には白色の裏彩色を丁寧に施すなど古様な表現が認められることから、その制作は鎌倉時代後期に遡るとみられ、現存最古級の春日鹿曼荼羅として極めて貴重である。
(谷口耕生)
創建一二五〇年記念特別展 国宝 春日大社のすべて. 奈良国立博物館, 2018, p.321, no.132.
金銀泥(きんぎんでい)で彩られた飛雲の上に明るい体色の鹿が立ち、多彩な障泥(あおり)や胸懸(むながい)・尻懸(しりがい)などと共に鞍(くら)を着け、その上に立てた榊(さかき)の枝には藤の蔓(つる)が絡まって花房(はなぶさ)を垂らす。枝先の五箇所に垂(しで)を結え付けた上に、それぞれ仏菩薩(ぼさつ)の立像が浮かび上がる。向かって右から、文殊(もんじゅ)、釈迦(しゃか)、薬師(やくし)、地蔵(じぞう)、十一面観音(じゅういちめんかんのん)とみられ、順に春日社の若宮および本社第一殿から第四殿までの祭神の本地仏にあたる。榊と本地仏全体を背後から包むように金色の円相(えんそう)が配され、その外周にも光をにじませている。周辺は霞に寵められているが、下端部の霞の途切れた所に、一の鳥居とそこから上へ伸びる参道、左方の斜めの小道、松や桜が生えた野に遊ぶ鹿など、春日社の入口付近の風景が現実に即して表される。春日神の影向(ようごう)すなわち出現を、実際に起こっていることと感じさせる要素といえよう。上部にも霞の上に、種々の樹木が生い茂る御蓋山(みかさやま)が浮かび、左端に緑の若草山が覗き、そして奥には松林に桜を点じた春日山が暗く横たわる。明るく白む空が深い青の上空を追いやるように広がる中に、赤く縁取られた金色の日輪(にちりん)が現れている。厳(おごそ)かで且つ明朗な雰囲気の漂う空間である。
鹿に乗るのは、春日社の縁起にいう、本社第一殿の祭神・武甕槌命(たけみかづちのみこと)の、常陸(ひたち)国鹿島から春日の地への移座伝説に基づいており、それを描く「鹿島立神影図(かしまだちしんえいず)」と関係はあるが、神像の代りに、後世の動座に用いられた形式である榊の枝を鞍上に乗せ、さらに本社第一殿だけでなく第四殿までと若宮を合わせて五神を表すことにより、説話性が後退し影向を主とする別種の図になっている。このような図を一般に「鹿曼荼羅(しかまんだら)」と称するが、その諸遺品は神木部分の表現に変異を示し、本図の場合枝先に本地仏像が出現し、円相も榊に取り付けた鏡を表す通常の形ではなく光背の役割を果たすのが特異で、幻想的な趣が強い。
(中島博)
おん祭りと春日信仰の美術. 奈良国立博物館, 2013.12, p.74, no.57.
金銀泥(きんぎんでい)で彩られた飛雲の上に 明るい体色の鹿が立ち、多彩な障泥(あおり)や胸懸(むながい)・尻懸(しりがい)などと共に鞍(くら)を着け、その上に立てた榊(さかき)の枝には藤の蔓(つる)が絡(からまって花房(はなぶさ)を垂らす。枝先の五箇所に垂(しで)を結え付けた上に、それぞれ仏菩薩(ぼさつ)の立像が浮かび上がる。向かって右から、文殊(もんじゅ)、釈迦(しゃか)、薬師(やくし)、地蔵(じぞう)、十一面観音(じゅういちめんかんのん)とみられ、順に春日社の若宮および本社第一殿から第四殿までの祭神の本地仏(ほんじぶつ)にあたる。榊と本地仏全体を背後から包むように金色の円相(えんそう)が配され、その外周にも光をにじませている。下端部の霞の途切れた所に、一の鳥居とそこから上へ伸びる参道、斜めの小道、松や桜が生え野に遊ぶ鹿など、春日社の入口付近の風景が現実に即して表される。春日神の影向(ようごう)すなわち出現を、実際に起こっていることと感じさせる要素といえよう。上部にも霞の上に、種々の樹木が生い茂る御蓋山(みかさやま)が浮かび、左端に緑の若草山が覗き、そして奥には松林に桜を点じた春日山が暗く横たわる。明るく白む空が深い青の上空を追いやるように広がる中に、赤く縁取られた金色の日輪(にちりん)が現れている。厳(おごそ)かで且つ明朗な雰囲気の漂う空間である。
鹿に乗るのは、春日社の縁起にいう、本社第一殿の祭神・武甕槌命(たけみかづちのみこと)の、常陸(ひたち)国鹿島から春日の地への移座伝説に基づいており、それを描く「鹿島立神影図(かしまだちしんえいず)」と関係はあるが、神像の代りに、後世の動座に用いられた形式である榊の枝を鞍上に乗せ、さらに本社第一殿だけでなく第四殿までと若宮を合わせて五神を表すことにより、説話性が後退し影向を主とする別種の図になっている。このような図を一般に「鹿曼荼羅(しかまんだら)」と称するが、その諸遺品は神木部分の表現に変異を示し、本図の場合枝先に本地仏像が出現し、円相も榊に取り付けた鏡を表す通常の形ではなく光背の役割を果たすのが特異で、幻想的な趣が強い。
(中島博)
おん祭と春日信仰の美術. 奈良国立博物館, 2008, p.63, no.48.
棚引く霞の中に雲に乗った白鹿が浮かぶ。霞の下には参道へと続く鳥居があり左右では鹿が群れる。上部には春日の御蓋山と春日山が描かれ、山の端には金色の円相がみえる。春日の情景である。動きを見せず背後を振り返る鹿の背の鞍からは神木である榊の枝が伸びる。枝には五本の垂が結わえられており枝先に五体の仏菩薩が立つ。これは春日諸社の本地仏であり、向かって右から文殊(若宮)、釈迦(一宮)、薬師(二宮)、地蔵(三宮)、十一面(四宮)である。本地の立つ榊の背後には金色の円相が表される。春日の神鹿を中心に描く鹿曼荼羅と呼ばれる形式の絵画は、春日の一宮となる武甕槌命(たけみかづちのみこと)が常陸国鹿島よち御蓋山へと降り立ったという伝説を描く。鹿に乗る神の姿を貴人形で描く作例もあるが、人形(ひとがた)を表わさぬ本図の形式では、榊の上に鏡を載せた神の依り代を鹿の鞍上に置くことで神の存在を象徴させる。同形式の作品は幾つも作られているが、本図では榊の上の御正体を現実の鏡を写実するのではなく、仏菩薩の光背のような、立体感を消失させた円相を鹿の背後に表わしており、御正体そのものの絵画化から一歩を踏み出す表現となっている。
(北澤菜月)
神仏習合-かみとほとけが織りなす信仰と美―, 2007, p.286
神鹿が雲に乗って春日の地に飛来する形は「鹿島立神影図」と共通するが、鞍上には神像に代えて神木の榊を立てる点で異なり、草創縁起から外れて、春日神の出現を象徴的に表わす図となっている。この種の図を「鹿曼荼羅」と称するが、神木部分の表現に、諸本で変異を生じる。本図の場合、榊に本社四所と若宮に相当する五本の垂(しで)を結え付けるという通例の形式に加え、その五箇所の枝に乗る形で、五所の各本地仏像を表わしているのが特徴的である。また榊の全体に藤原氏ゆかりの藤の蔓(つる)がまつわって花房を垂れる華やかさが珍しく、神木全体をまとめ引き立てる光背の役割をする金色の円相も、榊に円鏡を取り付けるという、よくある形式と異り独特で、荘厳さを添える。
図の上下には、霞(かすみ)の棚引く春日野(かすがの)に浮かぶ御蓋山と春日山、および普通の鹿が群れ遊ぶ一鳥居周辺の景色を写生感豊に描き、超現実的な像に生々とした現実性を与えている。

