「善光」の朱印があることから「善光朱印経」と呼ばれ、巻尾に勘経(かんきょう)(原本の確認)・書写・校正・装潢(そうこう)(表装)の担当者名が記されている。書写したのは写経生の中臣村屋連鷹取(なかとみのむらやのむらじたかとり)で、伸びやかな筆線である。
題箋
巻尾に「善光」の朱印が捺されているところから「善光朱印経」と呼ばれている一群の経巻のうちの二巻。「善光朱印経」は名筆ぞろいで、奈良時代後期を代表する写経として知られており、その遺品は現在約三十巻が知られている。巻尾に勘経(原本校正)年月日、書写年月日、書写した写経生や校正(三校まで)の担当者の名、装幀の担当者の名、紙数などを記した詳しい奥書をもつのが特徴である。
「善光朱印経」については不明な点が多いが、法華寺の寺主である尼善光が企画した一切経書写事業の遺品ではないかと考えられている。この書写事業は天平勝宝七歳(七五五)頃から始められ、天平宝字三年(七五九)十二月まで続いたことが確認できるが、その後のことはわからない。
本巻は天平宝字三年(七五九)十二月十四日に写経生の中臣村屋連鷹取が書写したものである。中臣村屋連鷹取は宝亀二年(七七一)六月には奉写一切経所の題師になっており、能筆として評価されていたことがうかがえる。本巻の文字も、伸びのある筆線が素晴らしい。
(西山厚)
奈良国立博物館の名宝―一世紀の軌跡―,奈良国立博物館.1997.4,p.301.

