空海に関する史料を年代順にまとめた伝記。上巻は、まず空海誕生前の大宝元年(七〇一)から宝亀四年(七七三)までの略年代記を記し、そのあと宝亀五年(七七四)の空海誕生から弘仁四年(八一三)の四十歳までの略歴を収める。下巻には、弘仁五年から承和二年(八三五)に空海が入定するまでの記事を収め、空海の伝記である『弘法大師行化記』とほぼ同じ内容を網羅するが、最後に「後太上天皇(ごだじょうてんのう)(淳和(じゅんな)天皇)弔空海喪御書(くうかいのそうをとぶらうしょ)」や弟子の観賢(かんけん)僧都の談話を載せる。成立は未詳だが、本品は平安時代に醍醐寺(だいごじ)の僧によって手を入れられたものと考えられ、空海伝の成立を考える上で重要である。書写年代は平安時代末期と思われる。
承和元年から二年にかけ、空海は真言宗や東寺の体制を整えるため、朝廷にさまざまな奏上を行い許可されている。承和元年、空海は、如来の教えには二種類あり、いわゆる顕教(けんぎょう)は病者に対し病理学的見解を示すのに対し、陀羅尼(だらに)の秘法(密教)は薬を処方して病を取り除く役割を果たせると述べ、両者が揃ってこそ意味があると奏上した。そして、一年の国家安泰を祈る正月の法会、御斎会(ごさいえ)と同じ期間、真言宗によって国家修法を行わせて欲しいと求め、この年の十二月に恒例行事として許可された。これが後七日御修法(ごしちにちみしほ)である。この時点では真言院(しんごんいん)は建立されていないが、大内裏内のいずれかの場所で、翌年の正月から実施されるようになったと考えられる。
(斎木涼子)
空海 密教のルーツとマンダラ世界. 奈良国立博物館, 2024.4, p.272, no.82.
空海(くうかい)(七七四〜八三五)に関する史料を年代順にまとめた伝記。上巻は、まず空海誕生前の大宝元年(七〇一)から宝亀四年(七七三)までの略年代記を記し、そのあと宝亀五年(七七四)の空海誕生から弘仁四年(八一三)の四〇歳までの略歴を収める。下巻には、弘仁五年から承和二年(八三五)で空海が入定するまでの記事を収め、最後に「後太上天皇(淳和(じゅんな)天皇)弔空海喪御書」や弟子の観賢(かんけん)僧都の談話を載せる。成立は未詳だが、平安時代に醍醐寺(だいごじ)の僧によって著されたものと考えられており、空海伝の成立を考える上で重要である。書写年代は平安時代末期と思われる。
(斎木涼子)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.255, no.78.
空海(弘法大師、774~835)に関する各種の史料を年代記にまとめた空海伝。
上巻は、はじめに大宝元年(701)から宝亀4年(773)までの略年代記を記し、そのあと宝亀5年(774)の空海誕生から弘仁4年(813)40歳までを収める。下巻には、弘仁5年(814)から承和2年(835)で入定するまでの記事を掲げ、最後に後太上天皇(淳和天皇)弔空海喪御書や観賢僧都がみた霊異談などを附している。文中には平安時代末期の朱墨の仮名やヲコト点(円堂点)などが見られる。
本書の成立は未詳であるが、おそらくは平安時代に醍醐寺の僧によって著されたものと考えられており、空海伝の成立を考える上に貴重である。書写年代は、書風からみて平安時代末期と思われる。
(西山厚)
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.308, no.138.

