両腕を失いながらも、なお平安後期の典雅な気分をたたえた観音像。ヒノキ材の割矧造(わりはぎづくり)で、頭髪を除き全身に漆箔を施す。観音菩薩の名称で像内に納入されていた絹本著色千手観音像(当館蔵)の附(つけたり)指定を受けるが、頭上面や両肩矧面(はぎづら)の痕跡から、元来は十一面観音像とみられる。千手観音画像もまた平安後期の優品で、小ぶりな点からも貴顕(きけん)の念持仏(ねんじぶつ)だった可能性があろう。願主の没後に追善供養(ついぜんくよう)で本像を造立し、ゆかりの画像を奉籠(ほうろう)したとの推測がある。矧目に紙貼(かみば)りを施し、両肩以下を蟻枘留(ありほぞど)めとするなど、この種の造法を用いた早期の例である点も見逃せない。奈良・興福寺伝来。
(山口隆介)
なら仏像館名品図録. 奈良国立博物館, 2022, p.123, no.161.
両腕を失いながらも、なお平安後期の典雅な気分をたたえた像。ヒノキ材の割矧造(わりはぎづくり)で、頭髪を除き全身に漆箔(しっぱく)を施す。観音菩薩の名称で像内に納入されていた絹本著色千手観音像(当館蔵)の附(つけたり)指定を受けるが、頭上面や両肩矧面(はぎづら)の痕跡から元来は十一面観音菩薩像とみられる。千手観音画像は小ぶりな点からも貴顕の念持仏(ねんじぶつ)だった可能性があり、願主(がんしゅ)の没後に追善供養(ついぜんくよう)で本像を造立し、ゆかりの画像を納入したとの推測がある。矧ぎ目に紙貼を施し、両肩以下を蟻枘留(ありほぞど)めとするなど、この種の造法を用いた早期の例である点も見逃せない。奈良・興福寺伝来。
(山口隆介)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.275, no.205-2.
両腕を失いながらも、なお平安時代後期の典雅な気分をたたえた像。像内に平安後期の千手観音画像(当館蔵)が納められていた。観音菩薩の名称で納入画像の附(つけたり)指定を受けるが、十一面観音像と見られる。
題箋
木彫の像内に、本格的な仏画を折りたたんで納入していた大変珍しい例。千手観音を描く画像は比較的小品ながら、赤と緑の対比を基調としつつ金銀の截金(きりかね)文様を交えた優美な作風を示しており、平安貴族の個人的な念持仏(ねんじぶつ)だったと思われる。願主の没後に追善供養を目的として、画像を納める鞘仏(さやぼとけ)の観音立像がつくられたのかもしれない。
(谷口耕生)
みほとけのかたち 仏像に会う. 奈良国立博物館, 2013.7, p.103, no.66.
両腕を失いながらも、なお平安時代後期の典雅な気分をたたえた観音像。ヒノキ材の割矧造(わりはぎづくり)で、頭髪を除き全身に漆箔 をほどこす。観音菩薩の名称で国指定を受けるが、頭上面や両肩矧面(はぎづら)の痕跡から、元来は十一面観音だったと推測される。 像内に納入されていた絹本著色千手観音菩薩像もまた平安後期の優品で、小振りな点からも貴顕(きけん)の念持仏(ねんじぶつ)だった可能性があろう。願主の没後に追善供養(ついぜんくよう)で本像を造立し、ゆかりの画像を奉籠(ほうろう)したとの魅力的な推定がある。矧目(はぎめ)に紙貼(かみば)りをほどこし、両肩以下を蟻枘留(ありほぞど)めとするなど、この種の造法を用いた早期の遺品である点も見逃せない。
(山口隆介)
なら仏像館名品図録. 奈良国立博物館. 2013. p.106, no. 136.

