獅子(しし)の背に坐(ざ)す童子形の文殊菩薩像(もんじゅぼさつぞう)。頭髪に五文字の真言(しんごん)(密教の呪文)を象徴する五つの髻(もとどり)を結い、右手に三鈷剣(さんこけん)、左手に経典を載せた蓮華(れんげ)をとる姿である。文殊菩薩は智慧(ちえ)を司る菩薩で、密教の独尊像としては、最も一般的である五髻のほか、一髻、六髻、八髻の姿がつくられた。
画面左下には後醍醐天皇(ごだいごてんのう)の帰依を受けた真言宗の僧・文観房弘真(もんかんぼうこうしん)(一二七八〜一三五七)を示す文字と「建武元六月九日相当悲母聖霊第三七日奉図之」の墨書があり、文観が亡き母の三七日の供養のために本像を制作したとわかる。文観は文殊菩薩を厚く信仰したことが知られている。
(萩谷みどり)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.259, no.100.
二重円相光を背負い、頭上に五つの髻(もとどり)を表し、右手に剣、左手に経典を載せた蓮華を執る文殊菩薩が、獅子の背上の蓮華座に坐す姿を描く。不空訳『金剛頂文殊儀軌』や同訳『五字陀羅尼頌』に説くいわゆる五字文殊像(ごじもんじゅぞう)として、わが国において最も流布した文殊の像容である。画面上部中央に文殊を表す「マン」の楚字、その左右に「文殊法常爾/法王唯一法/一切無爲人/一道出生死」という文殊を称える語、左下には「建武元年六月九日相当悲母聖霊第三七日奉図之」と同筆で墨書されており、その右の二字は西大寺に学んだ律僧・文観房弘真(もんかんぼうこうしん)(一二七八~一三五七)を示す。すなわち本図は、建武元年に弘真が亡母の三七日(二一日目)の供養のために図絵、着賛したものであることが判明する。この悲母供養に際しては、五七日(三五日目)の供養に当たって同様に弘真自らが絵筆を執った東寺旧蔵の八字文殊像も伝存しており、忌日毎に文殊像を図絵して母への祈りを捧げたのだろう。悲母供養として文殊像を図絵することは忍性に先例があり、本図もこうした西大寺流律宗に継承された文殊信仰を如実に反映する遺例として注目される。
(谷口耕生)
忍性-救済に捧げた生涯-. 奈良国立博物館, 2016.7, p.228, no.22.
文殊菩薩は、普賢(ふげん)菩薩と共に釈迦如来(しゃかにょらい)の脇侍(きょうじ)とされるほか、単独にも広く信仰されている。この図では、文殊の乗物である獅子(しし)の背上の蓮華座(れんげざ)に坐り、右手に剣、左手に経典を載せた蓮華を執り、頭には五つの髻(もとどり)を結んでいる。密教における文殊の髻の数が一・五・六・七の四通りあるうちの一つで、最も普通に行われた形である。本来は数によって祈りの目的が異なり、五髻像は息災を祈るものであるが、この図は特殊な意味を持っている。図中に墨書があり、上部のは文殊を表す梵字と文殊を讃える語であるが、左下には「建武元年六月九日相当悲母聖霊第三七日奉図之」とあり、その右の二字は、後醍醐天皇の信任を得たことで知られる文観房弘真(もんかんぼうこうしん)(一二七八~一三五七)を示す。すなわち、建武元年に弘真が亡母の三七日(みなぬか)にあたり冥福を祈って作った図であるとわかる。弘真は若年時から文殊と観音への信仰が篤く、文観という房号はそこから来ているが、特に文殊については、日課として像を墨描きしたものも遺っている。そのようなわけでここでも文殊に祈っているのであり、このほかに五七日の際の八髻文殊像も他所に伝わっている。忌日毎に丁重に祈りが捧げられたのであろう。高名な僧の、母への私的な思いが籠められた画像として、味わい深い作品である。
(中島博)
平成十二年度国立博物館・美術館巡回展 信仰と美術, 2000, p.14
文殊は、智慧を司る菩薩として信仰を厚くされ、釈迦の脇侍となるほか単独にも盛んに祀られた。密教では通常、智慧の清純で執着のないことを示す童子形に表し、一・五・六・八字と四種ある真言(しんごん)のそれぞれに応じて頭にその数の髻(もとどり)を結う像があるが、中ではこの図の様な、息災を本誓とする五髻文殊が最も普通に行われている。右手に智慧を象徴する剣、左手に梵夾(ぼんきょう)を載せた蓮華を執り、獅子に乗る姿は馴染深い。画中に記された銘文によれば、これは文殊持者として知られる、後醍醐天皇の信任を得た真言僧の文観房弘真(もんかんぼうこうしん)(1278~1357)が、亡母の三七日にあたる建武元年6月9日に供養のため製作したものである。着衣に施された、金泥線描による絵画的文様や、獅子の描写に用いられた太く力強い墨線に時代の風をみることができる。なお、これに続く五七日の際に作られた、善財童子と八大童子を伴う八字文殊像も他所に伝わっているが、濃厚な彩色になる作風はこれとかなり異なっている。
(中島博)
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, pp.311-312, no.153.

