観音(かんのん)の浄土(じょうど)である補陀落山(ふだらくせん)の景色の中に坐(ざ)す如意輪観音像(にょいりんかんのんぞう)。六本の手をもち、岩座上の蓮華座(れんげざ)に右膝を立てて坐(すわ)る金色身(こんじきしん)の姿は大きな円相(えんそう)に包まれている。右手は第一手を頬にあて、右第二手で宝珠(ほうじゅ)、右第三手で念珠(ねんじゅ)をとり、左手は第一手を盤石の上に置き、左第二手で蓮華(れんげ)、左第三手で輪宝(りんぽう)を持つという通例の像である。六本の手は、人が死後生まれ変わる六つの世界である六道(ろくどう)から命あるものを救うとされた。
衣に施された卍繫(まんじつなぎ)、斜格子(しゃごうし)、立涌(たてわく)など多様な截金文様(きりかねもんよう)が非常に細緻である。背景が、松や桜を擁する情趣に富んだやまと絵の山水として描かれている点も注目される。
(萩谷みどり)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, pp.258-259, no.99.
波間の岩上に坐(ざ)す、補陀落山(ふだらくさん)の六臂如意輪観音(ろっぴにょいりんかんのん)の姿を表す。ほぼ同時代で同主題、同図像の作品のなか、本図は自然景観に日本の伝統的な表現を用いており特筆される。
観音の坐す岩座の下方には、白い花を付けた桜が満開となり、周囲には花びらがひらひらと散る情緒ある光景が表される。また山中には松や杉、桐などが配され、伝統的な大和絵の表現法によって描く。
画面構成そのもの、孔のある岩や観音の頭上を覆うようにしなる松の枝といったモチーフの形から、画家が宋元や高麗の補陀落山観音の受容を経ていることは明かであろうが、単にこれを模倣するのでなく、画面の技術が最もよく発揮され、そして画家や注文者の美意識に適う表現を用いて、新しい画題を描くことによって生み出された作品ということが出来るだろう。
(北澤菜月)
西国三十三所 観音霊場の祈りと美, 2008, p.279
如意輪観音は、如意宝珠(にょいほうじゅ)と法輪(ほうりん)の力によって、六道衆生の苦しみを除き利益を与えるとされる尊像である。早くから二臂像も知られたが、本図は『観自在如意輪菩薩瑜伽法要』に説く、六臂金色身のもっとも通例の姿である。右第一手の掌を開いて頬にあてるのは胎蔵曼荼羅観音院の図像にしたがっている。
截金線を多用した繊細優美な蓮華座に右膝を立てて坐し、像の全体を大きな月輪光が包む。左第一手は光明山を按ずるというが、本図では金泥で隈取った盤石の上に掌を置き、これを表している。観音の肉身は金色で塗り、朱線で描起こす。着衣や装身具も華やかに賦彩するが、その上に立涌、格子、卍繋(まんじつなぎ)などの細緻な截金文が置かれ荘厳をきわめる。また月輪には、朱を金泥でぼかした特徴ある彩色を施し、観音の全体を金泥でつつんで特殊な効果を上げている。
背景の補陀落山浄土は、やわらかい墨隈で表現した皴に群青や緑青を彫塗り風に塗り、所々に金泥をはく。松樹や桜樹などを配して親しみのある風景を展開するが、こうした山水表現の源流は中国にあり、わが国でもようやく定着してきた水墨画表現との関連や、次代における山水画の展開を考えるときに興味深い。
(梶谷亮治)
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.311, no.151.

