木造建築において屋根同士が接する部分の支えとなる部材を隅木(すみぎ)というが、その隅木の先端が風雨によって腐食することを防ぐために用いる箱形の瓦製品を隅木蓋瓦と呼ぶ。本品は和歌山県の上野廃寺(紀伊薬師寺)出土品と伝えられるもの。上面の笠板(かさいた)と他の三面を囲む飾板(かざりいた)とからなり、飾板の中心にあしらわれるパルメット文(忍冬文(にんどうもん))とその周囲の唐草風の渦文が特徴的である。飾板両側面の後端部は雲形(くもがた)に作られ、渦文を伴う表現は、法隆寺金堂の雲形肘木(くもがたひじき)を彷彿とさせる。なお、上野廃寺は発掘調査によって、七世紀後半の創建と判明している。
(中川あや)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.247, no.26.
堂塔の隅木の先端の上面と両側面および木口面(こぐちめん)を覆う箱形の瓦製品で、上面の笠板と他の3面を囲む飾板とからなる。飾板は、3面ともに扇形のパルメット文(忍冬文)に輪形を巡らしたものを主文とし、その周縁には左右対称にS字形の文様を配置している。また、両側面の飾板は、その後端部を雲形の曲線に縁取り、屈曲部などに雲文をあしらっている。
和歌山市上野廃寺(紀伊薬師寺)出土品と伝えられ、金銅風鐸(ふうたく)や古瓦なども伴出している。いずれも7世紀後半の白鳳時代の遺物であるが、この種の箱形隅木蓋瓦は類例が少なく、その文様の卓越さとともに、側面後端部の雲形文は、法隆寺金堂の雲形肘木(ひじき)などに通じて注目される。なお、上野廃寺では、昭和42年(1967)と同59年(1984)の発掘調査などで、同類の遺物の断片が発見され、この遺物が上野廃寺出土品であることが確認されている。
(井口喜晴)
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.281, no.14.

