菱田春草(一八七四ー一九一一)は、長野県に飯田藩士の子として生れ、法律志望で上京、のち東京美術学校へ入学して絵の道に進んだ。在学中から頭角を表わし、卒業の翌年には洋風をとり入れた画風が認められて母校の教壇に立った。東京美術学校事件で野に下り活躍の場を日本美術院に移すが、傑作を生み続ける。横山大観と共に、色没骨法、すなわち従来の日本画で重視された線を従的地位にまわし、色面を主とする新しい方法を主張して、実作でもそれを示し高い成果を挙げた。早すぎる晩年には眼病と闘いながら「落葉」や「黒き猫」の名作を残し、失明して逝った。
本図は、明治二十八年(一八九五)に美術学校を卒業して、帝国博物館の古画模写事業に参加した折の作品であるが、その事業には模写からの複写も含まれており、本図は本多天城筆の同題図の複写かとも考えられている。原図は、宋風にならう鎌倉時代の作品で、京都・醍醐寺に伝わる国宝である。
(中島博)
奈良国立博物館の名宝―一世紀の軌跡―,奈良国立博物館.1997.4,p.325.
もんじゅごそんぞう だいごじぼんもしゃ 文殊五尊像 醍醐寺本模写
1幅
紙本著色 掛幅
本紙:縦143.2 横106.2 表具:縦159.5 横111.3
絵画
明治時代 19世紀
明治29年 1896年
- D000499
- D000499
- 1991/05/29
- 全図
- A022833
- 1991/05/29
- 全図
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| 収蔵品番号 | 89-0 |
|---|---|
| 部 門 | 絵画 |
| 区 分 | 絵画 |
| 部門番号 | 絵88 |
| 文 献 | 奈良国立博物館の名宝ー一世紀の軌跡ー, 奈良国立博物館, 1997.4, 350p. |

