密教の世界を表す金剛界(こんごうかい)・胎蔵界(たいぞうかい)の一対の曼荼羅(まんだら)を厨子(ずし)に嵌(は)め込む。金剛界、胎蔵界は表裏に配されており、厨子両面の観音開きの扉を開けて、両側から曼荼羅を見ることができる。今回実施したX線CTスキャン調査により、麻布に描いた曼荼羅を貼り合わせ、木枠に張って厨子に固定していることがわかった。
縦横とも二十センチに満たない小画面に非常に細かく尊像を描き込み、丁寧に彩色を賦している点が特筆される。光背(こうはい)の縁や主尊(しゅそん)の衣文(えもん)といった部分には細く切った金箔(きんぱく)を貼って飾る截金(きりかね)を施し、さらに胎蔵界を中心に、地(じ)に精緻な截金文様を散りばめている。温かみのある色調や、諸尊の穏やかな表情は平安時代後期の趣を伝える。天台宗の寺院、聖衆来迎寺(しょうじゅらいこうじ)(滋賀県大津市)に伝来した。
(萩谷みどり)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.257, no.89.
優美な形の小厨子の中に、板絵の両界曼荼羅を安置する。厨子の表裏とも同様な扉を取り付け、両面から画像を見ることができる。
図は檜板に布着せをし白土下地を施した上に彩絵して表現される。小画面の中にきわめて精緻な表現が見られるのが特筆される。図様は空海が請来した現図曼荼羅の系統にしたがう。ただし胎蔵曼荼羅では虚空蔵院が上下二段に区切られて、千手観音と金剛蔵王菩薩が上段に少し小さく描かれているのが現図との小異である。なお胎蔵界では界線や光背、主尊の衣文線を截金線でくくるほか、地文様にも複雑精緻な截金文様を一面に敷き、金剛界では、四院会の外周に截金で籠目文を施すなど、装飾表現にすぐれた特色がある。
諸尊の肉身は肌色、朱隈を施し細墨線で描き起こす。着衣は朱、丹、緑青で塗り、衣文線は墨線で引く。蓮華座の蓮弁は朱丹で塗りわけ白線でくくる。諸尊の童顔風な面貌描写、明るくて質の良さをうかがわせる顔料、細緻な截金文様や彩色の美しさは平安後期の雰囲気を伝える。制作は鎌倉初期を降らない。黒漆塗の厨子も同時期のもので、同様に平安後期の遺風を伝えている。
聖衆来迎寺旧蔵。
(梶谷亮治)
奈良国立博物館名品図録 増補版. 奈良国立博物館, 1993, p.50, no.33.
屋蓋と基台を備えた奥行きの浅い黒漆塗宮殿形厨子で、両面に観音開き式の扉を備え、奥壁の一方に金剛界、他方に胎蔵界の両界曼荼羅を描いている。両図とも薄板に麻布を貼って白下地を施し、朱・丹・緑青・群青などの暖色系の顔料を主に切金を併用した賦彩で、格調高い仕上がりを見せている。諸尊のいくぶんまるみのある像容は、藤原時代の趣を残したものといえよう。
(関根俊一)
密教工芸 神秘のかたち, 1992, p.250

