釣燈籠(つりどうろう)は仏前や社寺の軒下(のきした)に懸吊(けんちょう)し、神仏に灯りを供える供養具である。本品は、鉄製鍛造(たんぞう)の六角釣燈籠である。木の葉をかたどったような形の笠(かさ)を有し、猪目(いのめ)(ハート形)を透かした花先形の脚を具える。火袋(ひぶくろ)には片開きの扉二面を設け、一面に斜格子(しゃこうし)に霰文(あられもん)、他面に網地(あみじ)に霰文を透彫(すかしぼり)する。また、他の四面にも沢潟(おもだか)に橘(たちばな)、桜に酢漿草(かたばみ)、籬(まがき)に菊、松に竹の意匠(いしょう)を透かす。これらの透かし文様(もんよう)から燈明がほのかにもれる仕様である。火袋の欄間(らんま)や笠頂部の鈕(ちゅう)に刻銘(こくめい)があり、永禄七年(一五六四)に会津(福島県)稲河之庄の如法寺御堂の執金剛神(しゅこんごうしん)に奉納された品とわかる。
(三本周作)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, pp.265-266, no.145.
鉄製鍛造で、笠、火袋(ひぶくろ)、脚部より成り、火袋に細緻な透彫(すかしぼり)が施された六角形釣燈籠。笠は中央に鎬(しのぎ)を立てた六枚の葛葉形の板を寄せ合わせて作り、合わせ目には猪目(いのめ)を透かしている。軒先は花先形に作り出し、先端にかけてゆったりとした照(て)り起(む)くりの曲線が悠揚としている。六角形の火袋は、対抗する二面を左片開きとし、霰文(あられもん)と斜格子または網目の文様を組み合わせた透彫とする。残りの四面には、それぞれ菊に籬(まがき)、松に竹、梅樹と桜樹にカタバミ、橘樹に澤潟(おもだか)などの組合せで、多彩な文様を彫り透かしている。また、欄間(らんま)には三尊種子、花文と州浜文などを一つずつ透彫りにし、間に「奥州会津稲河之庄如法寺之御堂之金」「燈爐之寄進大旦那鍛冶渡邊孫兵衛」「長吉作内□取持猪野弥五良房宗金之」「旦那永禄七年甲子五月十七日奉懸之也」「當住寺頼真之御代鍍旦那長治太良衛門通□(両)」という刻銘を施す。さらに笠の頂点に据えられた宝珠形鈕にも刻線で「奉執金剛神大槻刑部少輔与定」と記されており、寄進の由緒を知ることができる。
(伊東哲夫)
平成十二年度国立博物館・美術館巡回展 信仰と美術, 2000, p.59
福島・如法寺伝来の鉄鍛造製の釣燈籠。笠と脚部を猪目透かしの葛形葉状につくり、火袋に片開き扉2面をもうける。扉は1面を斜め格子に霰文、他面を網地に霰文を透彫し、残りの火袋4面には沢瀉に橘文、桜カタバミ文、松竹梅文、籬に菊文をそれぞれ文様透かし(文様を透かし、地を残す透彫技法)で表している。火袋の上部欄間にも透彫が施されている。欄間には「奥州会津稲荷之庄如法寺之御堂之金」、「燈爐之寄進大旦那鍛冶渡邊孫兵衛」、「長吉作内□取持猪野弥五良房宗金之」、「旦那永禄七年甲子五月十七日奉懸之也」、「當住寺頼真之御代鍍旦那長治太良衛門通□(両)」という刻銘があり、また笠頂部の宝珠に「奉執金剛神大槻形部少輔与定」と刻銘されており、永禄7年(1564)に如法寺御堂の執金剛神に奉納された由緒が確かめられる。
(内藤栄)
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.287, no.42.

