仏教において地獄は、因果応報によって輪廻転生する六つの世界、すなわち地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人・天の六道のうちのひとつ。本品は『起世経(きせきょう)』などの仏教経典に基づいて、重々しい黒と鮮やかな赤で地獄の様を印象的に描き出したもの。後白河法皇(ごしらかわほうおう)(一一二七〜一一九二)が蓮華王院宝蔵に納めた絵巻群のなかには、六道を描く絵巻が含まれていたことが知られ、本品はその一つと見られている。
「屎糞所(しふんしょ)」は汚いものと清いものとの区別がつかない者が堕ち、糞の穴のなかで虫に体を食われる。「函量所(かんりょうしょ)」では、計量をごまかした悪徳商人が、獄卒にいつまでも灼熱の鉄を量らされ続ける。「鉄磑所(てつがいしょ)」は、人の物をだまし盗った者が堕ち、獄卒が曳く鉄の臼にその身を磨りつぶされる。「鶏地獄」は争いを好んだり、生き物をいじめたりした者が堕ち、炎をまとう鶏に体がずたずたになるまで踏まれる。「黒雲沙(こくうんしゃ)地獄」は人の家に放火した者が、黒雲から降り注ぐ熱い砂の雨に打たれ続ける。「膿血所(のうけつしょ)」は、汚い物を人に食べさせた者が堕ち、膿汁の溜池で最猛勝(さいみょうしょう)という虫に食われる。炎を吐く猛獣に追われ、怪獣に身をつつかれる場面は、『大楼炭経(だいろうたんきょう)』に説く「狼野干泥梨(ろうやかんないり)」もしくは『起世経』の「狐狼地獄」とされる。
明治二十年頃まで東京・大聖院に伝来した。その後、原三溪(一八六八〜一九三九)が所有し、昭和十一年(一九三六)に重要文化財指定、戦後国有となり、昭和三十一年(一九五六)に国宝に指定された。昭和三十六年(一九六一)に奈良国立博物館に管理換となった。
(松井美樹)
超 国宝ー祈りのかがやきー. 奈良国立博物館, 2025.4, p.320.
人間は生前の行いにより、六道と呼ばれる六つの世界のどこかに死後生まれ変わるという考えが仏教にある。六道とは、天道、人道、畜生道(ちくしょうどう)、阿修羅道(あしゅらどう)、餓鬼道(がきどう)、地獄道(じごくどう)という六つの世界。その一つである地獄は生前に重い罪を犯した者が堕(お)ちる転生先で、なかには様々な地獄があって、様々な責め苦が行われる。本図はそうした各種の地獄を描く絵巻で、詞書とともに屎糞所(しふんしょ)、函量所(かんりょうしょ)、鉄磑所(てつがいしょ)、鶏地獄、黒雲沙(こくうんしゃ)、膿血所(のうけつしょ)という六つの地獄、そして未確定ながら孤狼(ころう)地獄にあたるかと考えられる絵のみの一図の合計七つの地獄を描いている。十二世紀後半の院政期に描かれたと考えられ、当時の死生観ひいては人間への認識、また絵画表現を伝えるきわめて貴重な絵巻である。東京・大聖院、原家に伝来。
(北澤菜月)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.268, no.159.
地獄とはサンスクリット語のnaraka、あるいはnirayaが語源で、もとは私たちの生きる世界の地下深くにある牢獄を意味する。現世で悪業をなした者が死後に堕ち、その報いを受ける場所とされる。仏教では、生きるものすべてが輪廻(りんね)する六つの世界(六道(ろくどう))の一番下に地獄が置かれる。閻魔王(えんまおう)によって悪業を裁かれた亡者たちが、そこで獄卒(ごくそつ)の鬼たちに罰を受けるのである。
本品は、そうした地獄のさまを表す絵巻。とくに『起世経(きせきょう)』地獄品を典拠とする。同経は八つの大地獄とそれに各々付属する十六の小地獄を説くが、本品はその小地獄のうち屎糞所(しふんじょ)・函量所(かんりょうしょ)・鉄磑所(てつがいしょ)・鶏地獄(とりじごく)・黒雲沙(こくうんしゃ)・膿血所(のうけつしょ)・狐狼地獄(ころうじごく)の七つを各段に描いている。各地獄の特徴は以下の通り。屎糞所は、汚いものと清いものとの区別がつかない者が堕ちる地獄。糞の穴のなかで「針口」という虫に体を食われる。函量所は、計量をごまかした悪徳商人が堕ちる地獄。獄卒の鬼に鉄の枡を持たされ、いつまでも灼熱の鉄を量らされ続ける。鉄磑所は、人の物をだまし盗るなどした狡猾(こうかつ)な者が堕ちる地獄。獄卒の鬼が曳(ひ)く鉄の臼にその身を磨りつぶされる。鶏地獄は争いを好んだり、生き物をいじめたりした者が堕ちる地獄。炎をまとう鶏に体がずたずたになるまで踏まれる。黒雲沙は人の家に放火するなどした者が堕ちる地獄。黒雲から降り注ぐ熱い砂の雨に打たれ続ける。膿血所は、汚い物を人に食べさせた者が堕ちる地獄。膿汁の溜池に溺れながら「最猛勝」という虫に食われる。狐狼地獄は、炎を吐く猛獣に追われ、怪獣に身をつつかれる地獄。ただしこの場面は、『大楼炭経(だいろうたんきょう)』に説く狼野干泥梨(ろうやかんないり)、あるいは小地獄中の灰河(かいが)地獄とみる説もある。この段のみ他とやや趣が異なることから、別の絵巻の部分であるとも指摘される。また、ボストン美術館所蔵の地獄草紙断簡(だんかん)は、小地獄のひとつ、一銅釜(いちどうふ)に相当し、本品と画風が共通するため、本来一具であった可能性が高い。
源信の『往生要集(おうじょうようしゅう)』は数多くの経典を集約しながら様々な地獄の様子を詳細に叙述しており、その後の地獄絵の強力なイメージソースとなった。ただし本品については、同書に『起世経』からの引用がないため、経典に直接あたり、それまでの地獄絵表現や、大陸から新たに入ってきた図様を採り入れるなどして作られたものと推察される。その優れた画技は東京国立博物館所蔵の別本と双璧をなす。両本とも後白河(ごしらかわ)法皇が蓮華王院宝蔵(れんげおういんほうぞう)に納めたという六道絵の一部と見る説がある。東京・大聖院(だいしょういん)に伝来し、その後、実業家・原三渓(はらさんけい)の所有を経て、戦後国有となった。
(伊藤久美)
源信 地獄極楽への扉. 奈良国立博物館, 2017.7, pp.275-276, no.61.
『起世経(きせきょう)』地獄品に説かれる十六の小地獄のうち、屎糞所(しふんしょ)・函量所(かんりょうしょ)・鉄鎧所(てつがいしょ)・鶏地獄(とりじごく)・黒雲沙(こくうんしゃ)・膿血所(のうけつしょ)の六所を段ごとに表し、巻末七段目は『起世経』の狐狼(ころう)地獄や、同経の異訳経典『大楼炭経(だいろうたんきょう)』に説く狼野干泥梨(ろうやかんないり)、あるいは十六小地獄中の灰河(はいが)地獄とみる説など諸説ある。この段のみ背景を墨で濃く表さないなど、他と趣が多少異なることから、当初は別の絵巻であったという指摘もなされる。いずれも「また別所あり」から始まる各段詞書は、経文を一部改めながら簡易な仮名交じり文に翻案されており、絵は経文よりむしろその詞書に依拠している。
本品は東京・大聖院に伝来し、その後、実業家・原三渓の所有を経て今の所蔵となったが、現在「地獄草紙」と呼ばれる絵巻は当館以外にも東京国立博物館に一巻が、ボストン美術館に断簡が蔵される。東京国立博物館本は『正法念処経(しょうぼうねんじょきょう)』に説かれる叫喚(きょうかん)地獄付属の十六別所に基づいており、本品とは典拠も筆も異なる。他方、ボストン美術館本は十六小地獄の一銅釜(いちどうふ)に相当し、大きく口を開ける獄卒(ごくそつ)の様子や、暗黒の虚空の下に灰色、茶色の層を重ねて地平らしき線をほのかに描出するような構図が本品の函量・鉄鎧所と共通することなどから、本来一具であった可能性が高いと考えられる。
後白河(ごしらかわ)法皇が蓮華王院宝蔵(れんげおういんほうぞう)に納めた絵巻群のなかには地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人、天の六道を描く「六道絵」が含まれていたことが知られ、その画技の高さなどから本品をその一つと見る説が有力である。
(伊藤久美)
信貴山縁起絵巻 : 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝. 奈良国立博物館, 2016.4, p.216, no.21.
『起世経』の「地獄品」には、八大地獄(活・黒繩・習合・叫喚・大叫喚。熱悩・大熱悩・阿毘至)の各々に十六小地獄(黒雲沙・糞屎泥・五叉・飢餓・燋渇・膿血・一銅釜・多銅釜・鉄鎧・函量・鶏・灰河・斫截・剣葉・狐狼・寒氷)が付属し、罪人は八大地獄と各付属を順に逃げ回り苦痛を受け続けると説かれる。当館の七段のうち六段は、「また(この地獄に)所別あり」と書き出す詞とそれに対応する絵からなり、屎糞所・函量所・鉄磑所・鶏地獄・黒雲沙・膿血所の各小地獄を表す。「屎糞所」は『起世経』の名称と若干異なるものの、文中にある「針口」という虫などが経文と共通する。巻末の一段については、孤狼地獄にあたるとか、他の経典に見られる小地獄の一との説もあるが、決着を見ていない。絵はいずれも深い闇を表す墨色を基調に、茶系統の濁った色を配して汚らわしい空間を作り、その中に、苦しめる側の鬼をはじめ鶏や虫などのたくましさと、堪えるしかない罪人の無力さを対比的に描くが、客観視する余裕があり、おかしみを漂わせる。
(中島博)
美麗 院政期の絵画, 2007, p.226-227
当館の地獄草紙は明治年間には東京・大聖院の所蔵であり、のち神奈川・原家を経て国有になる。東京国立博物館所蔵の旧岡山・安住院本地獄草紙一巻とならんで著名な作品である。詞書き六段、絵七段からなり、隋の闍那崛多訳『起世経』巻二所説の八大地獄の周辺の十六小地獄を表したものである。現在の場面は、第一段糞屎泥地獄、第二段凾量地獄、第三段鉄鎧地獄、第四段鶏地獄、第五段黒雲沙地獄、第六段膿血地獄、第七段孤狼地獄となっている。なお絵第七段は『起世経』の孤狼地獄ではなく、『大楼炭経』に説かれる狼野干泥梨とする説がある。
詞書きは「また別所あり」ではじまり、『起世経』の該当部分の意趣に、罪人の現世における罪状を加えて、東京国立博物館本に見合うように形式的に整えられている。奈良国立博物館本は優れた制作であり、柔軟な描線に抑えた暗色系の彩色を施す。全体に重厚な雰囲気が漂いながら、ある種の超越した穏やかさがある。図様には鉄磑所のように中尊寺経見返絵にも見られるものと、鶏地獄のように宋風の受容が顕著なものがある。現存する地獄草紙、沙門地獄草紙、餓鬼草紙、辟邪絵、病草紙などの、いわゆる六道絵の中ではもっとも精妙な作風を示しているといえよう。
これら現存する六道絵巻は、後白河法皇(1127~1192)が制作させ、蓮華王院宝蔵に納められていた「六道絵」に相当すると考える説が有力である。
(梶谷亮治)
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, pp.316-317, no.171.

