菩薩像の頭部片で、宝冠(ほうかん)の花かざりの一部も認められる。この像は、木心(もくしん)に藁(わら)やスサを混ぜた赭土(あかつち)を巻き、精良な土を上塗りして成形している。火災に遭(あ)ったために赤く焼きしまっている。
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定林寺は、現在の奈良県明日香村に所在した古代寺院で、聖徳太子建立の七寺の一つとの伝承を持つ。昭和二十八年(一九五三)の発掘調査で、塔心礎(とうしんそ)(塔の心柱(しんばしら)を据(す)えた礎石(そせき))が確認され、その上部から須恵器、土師器や金銅環などとともに、塑造(そぞう)の菩薩残欠(ぼさつざんけつ)(面部(めんぶ)、宝冠花形(ほうかんはながた)、膝部(ひざぶ)の一部)が出土した。本品はその際に出土した面部で、頭髪部分を欠くが、髪の生え際(ぎわ)に冠の帯と思われる二本の条線が走り、側面には花形装飾が付される。火を受けて肌は荒れているものの、表情は古様を滲(にじ)ませており、わが国において初期の塑像である可能性が指摘されている。
(中川あや)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.245, no.16.
天武(てんむ)・持統(じとう)天皇陵にほど近い奈良県明日香村立部にある定林寺跡から出土した塑像片。昭和二十七年(一九五二)に発掘調査が行われたが、削平がひどく伽藍配置など詳細は不明である。翌年に塔跡が調査され、心礎上面から金銅製環や金銅製金具、鉄釘、土師器などとともに塑像片が出土した。出土状況より、心礎(しんそ)に立てられた塔の心柱内部にできた空洞にこれらが詰め込まれていたと推測されている。塑像はいずれも火を受けたようで、赤橙色を呈する。部位がわからない小片も多いが、宝冠の花飾り部分や菩薩像らしき面部が特筆される。この菩薩頭部を見てみると、礎土にスサ(細かく切ったワラ)を混ぜ込んだ比較的荒い土をそのまま用いている点、表情の硬さ・稚拙さといった点から日本における塑像制作開始段階の作例である可能性も指摘されている。また定林寺は平田忌寸(ひらたのいみき)氏と関係があったと考える説もある。
(岩戸晶子)
開館一二〇年記念白鳳―花ひらく仏教美術―, 2015, p.265

