金峯山(きんぷせん)(奈良県吉野町)山頂出土の鏡像には独尊の男神像が多数見られる中で、二体の神像を表す極めて珍しい例である。線刻(せんこく)によって表された衣冠束帯(いかんそくたい)姿の両神は、金精明神(こんせいみょうじん)と勝手明神(かってみょうじん)とされている。
題箋
短い枘を作った柄鏡形の鏡像。枘は台に差し込むためのもので、その両脇は台に安定するよう弧を断ち切ってまっすぐに作っている。銅板の片面に二柱の男神が線刻されている。二神はそれぞれ後屏のある椅子に腰掛けた衣冠束帯姿で、笏(しゃく)を手にしている。二神で多少個性を描き分けており、向かって左の神は顎ひげをたくわえて、右の神像はふくよかで右手を笏の上に載せるくつろいだ姿を見せている。線刻はたがねで点線を表わす蹴彫を用いている。なお、銅板には鋳造時に湯が回りきらなかったためにできた穴が見える。枘を作り出した鏡像は東京国立博物館に所蔵される三面の子守三所権現鏡像(平安時代、うち一点は永承六年=一〇五一)などに見ることができ、いずれも神像を表わした鏡像である点が注意される。このことは、仏菩薩を表わした鏡像と神を表わした鏡像との使用方法の違いがあったことを暗示しており、後者が神前に立てる神像としての性格を有していたことを物語っていよう。
(内藤栄)
神仏習合-かみとほとけが織りなす信仰と美―, 2007, p.282

