古墳時代の前期に盛んに製作され、被葬者(ひそうしゃ)に副葬された腕輪形(うでわがた)石製品。緑色凝灰岩製で、形状の違いにより鍬形石、車輪石、石釧と呼び分けられる。「腕輪型石製品」という曖昧な表現をとるのは、これらが装身具だったとは限らず、むしろ被葬者のステイタスシンボルであったと考えられていることによる。
腕輪形、とは言うものの、鍬形石、車輪石などはいささか奇妙な形だと思う方もいらっしゃるかもしれない。実は、これらは弥生時代に存在した南海産の貝輪(かいわ)(貝製の腕飾り)を祖形とする。鍬形石はゴホウラ、車輪石はオオツタノハまたはカサガイ、石釧はイモガイ製の貝輪を模したとされ、それゆえ個性的な形状を呈しているのだ。
北和城南(ほくわじょうなん)古墳は、奈良県北部から京都府南部にかけての古墳という漠然とした名称で、その出土品は銅鏡、腕輪形石製品、玉類、鉄刀など73件におよぶ。長らく具体的な出土地が不詳であったが、近年、「北和城南」のみならず大阪府東部も含む複数の古墳からの出土品であると究明された、注目の遺品である。
(中川あや)
奈良国立博物館だより第108号. 奈良国立博物館, 2019.1, p.8.
昭和12年に奈良地方裁判所より引渡しを受けたもので、出土地は明らかでないが、奈良県の北部から京都府南部にかけての古墳出土品と推定される。一括遺物の中に半円方形帯神獣鏡(はんえんほうけいたいしんじゅうきょう)と金鐶を含むが、年代は5世紀代に下がり、別の古墳遺物と考えられる。それ以外の遺物は、鏡3面と鍬形石(くわがたいし)、車輪石(しゃりんせき)、石釧(いしくしろ)、紡錘車(ぼうすいしゃ)などの石製品、碧玉製管玉(へきぎょくせいくだたま)、滑石製棗玉(かっせきせいなつめだま)、ガラス製小玉などで、1基の前期古墳の一括遺物とみても差し支えないようである。鏡は青銅製で、三角縁四神四獣鏡(さんかくぶちししんしじゅうきょう)には「新作大鏡…君子…師子…宜子孫」の銘文がみられる。また半円方形帯四乳だ龍鏡は倣製(ほうせい)(日本製)鏡で絹布が付着している。3面とも布が付着するが、とくに変形四獣鏡は厚く布に覆われ、文様も明確でない。鍬形石、車輪石、石釧などは、いずれも原形は貝製の腕輪であったが、石製になると形をかえて宝器化し、おもに前期古墳に副葬されるようになる。とくに本古墳遺物にはそれらの石製品が合計53個と多く含まれ、奈良・東大寺山古墳、三重・石山古墳、近年発見された奈良・島の山古墳出土の石製品に比肩できるものである。
(井口喜晴)
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.278, no.6.

