和琴はわが国に固有の絃楽器(げんがっき)で、正倉院にはおよそ10張が伝存する。本品はそのうちもっとも小型で華やかに装飾された品の模造である。明治8年(1875)の奈良博覧会(ならはくらんかい)に原宝物が出陳されたのに合わせ、奈良博覧会社が模造を企画した。製作を手がけたのは奈良の彫刻家・森川杜園(もりかわとえん)で、彼が模造にあたって作成したと見られる原宝物の詳細なスケッチ(『正倉院御物写(しょうそういんぎょぶつうつし)』東京大学大学院工学系研究科建築学専攻蔵)も残されている。
ところで本品は、原宝物と比べて螺鈿(らでん)や玳瑁(たいまい)による装飾がなく、側面では文様(もんよう)を模写した貼紙をするにとどめるなど、つくりが簡略になっている。模造が行われた当時、原宝物は損傷が進み、装飾の大部分を失っていたようで、こうした事情が装飾の復元を困難にしたのかもしれない。
一方、表面を飾る金銀泥(きんぎんでい)の文様は、かなり積極的な復元が試みられている。前述したスケッチには、特定の文様を繰り返し写している箇所があるが、これは原宝物では失われている文様の復元のため、杜園が試行錯誤した様子を伝えるものと考えられている。当時の模造のあり方の一端がうかがえるとともに、杜園の模造に対する姿勢をも示す興味深い作品である。
(三本周作)
奈良国立博物館だより第114号. 奈良国立博物館, 2020.7, p.8.
和琴(わごん)はわが国固有の絃楽器で、原宝物は十張以上伝わる宝庫の和琴の中で最も華麗に装飾された品である。絃は失われているが、当初は六絃張られていた。槽(そう)には檜(ひのき)材を用い、上面に金銀泥(きんぎんでい)で麒麟(きりん)、鹿、尾長鳥、草花などを描いている。原宝物では頭部や尾部に玳瑁(たいまい)貼りや螺鈿(らでん)による文様表現がなされるが、本品では省略されている。また原宝物の側面には、裏に彩絵などを施した方形の薄板(犀角(さいかく)や馬の爪のような角質材)を貼っていたが、模造の際にはその図柄を写した紙を貼るにとどめている。
本品の模造に際し、当時大きく破損していた原宝物について、森川杜園(もりかわとえん)による記録が残されている(『正倉院御物写』東京大学大学院工学系研究科建築学専攻蔵)。これは明治八年(一八七五)の宝物調査時に記されたものと考えられている。破損部分の文様を復元すべく、麟麟や草花の文様を繰り返し描いており、試行錯誤している様子がうかがわれる。この作業を元に模造が二点製作されており(一点は春日大社蔵)、模造では原宝物の破損部分が杜園の創作により補われている。
(中川あや)
よみがえる正倉院宝物. 奈良国立博物館, 2020.4, p.30, no.7.

