クワ製の硯箱。蓋と身の縁に錫(すず)製の金具(置口(おきぐち))を嵌めた被蓋造(かぶせぶたづくり)である。蓋には緩やかな隆起があり、四角も丸みを持たせている。蓋表は金象嵌で色紙型を斜めに表し、中に本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)の手になる前大僧正覚忠(かくちゅう)の和歌「神無月木々の/このははちりはてて/庭にそかせの/をとはきこ/ゆる」を銀の象嵌で表している。木内半古(一八五五〜一九三三)は喜八(きはち)の妹の子で喜八の養子となり、喜八より木工の手ほどきを受ける。明治二十五年(一八九二)より同三十七年(一九〇四)まで正倉院御物整理掛に出仕し、木工品の修理や復原に従事した。
(内藤栄)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.279, no.230.
蓋表に和歌が書かれた色紙の意匠を表した、クワ材製の硯箱(すずりばこ)。全体の形は側面の角を丸く作った長方形で、蓋と身の双方に錫製(すずせい)の置口(おきぐち)を嵌(は)めた被蓋造(かぶせぶたづくり)としている。蓋表は緩やかな隆起があり、四辺には塵居(ちりい)(側面との境目にある僅かな平面)を表している。蓋は天板と四枚の側面材から作られ、側面の角で櫛の歯状に材を組み合わせている。身も同様の構造である。蓋表から側面にかけて斜めに色紙形を金線の象嵌(ぞうがん)で表し、中に本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)(一五五八~一六三七)の書になる前大僧正覚忠(かくちゅう)(一一一八~一一七七)の和歌「神無月木々の/このははちりはてて/庭にそかせの/をとはきこ/ゆる」(『新古今和歌集』巻六冬歌)を、四分一銀(しぶんいちぎん)の象嵌で表している。蓋裏は銀杏(いちょう)の葉三枚を、ツゲ、部分的に鍍金(ときん)した鉛、金蒔絵(きんまきえ)を施した鉛を象嵌して表す。なお、蓋と身の木部は全面に摺漆(すりうるし)が施されている。身の内部は、硯、水滴(すいてき)、筆二本を納める浅い窪みを彫り込んだ木製、黒漆塗(くろうるしぬり)の板を落とし込んでいる。水滴の窪みのみ銀製の座を嵌めている。板の表には金泥(きんでい)で銀杏の葉二枚を描いている。硯は台形で、比較的小ぶりである。水滴は銀製で少し欠けた月をかたどっている。墨は奈良・古梅園(こばいえん)製で小判(こばん)形を呈している。板の裏面に「半古作」の金泥銘があるほか、附属の桐箱の底板表面に「神無月/硯箱」、裏面に「大正四年作/木内半古(花押)」の墨書がある。和歌に合わせ、散りゆく銀杏の葉を蓋の裏や身の内部に表している。クワの木目を活かしている点も和歌の持つ寒々とした景色にふさわしい。側面材の組み方は櫛の歯を思わせる細かさであり、半古の超絶した木工技術を見ることができる。
(内藤栄)
名匠三代―木内喜八・半古省古の木工芸―,2015,40p.

