戦国期から漢代にかけての青銅製の壼類として、定型化した鍾(しょう)といわれる器形の平面形の円形を呈するものと、これに対応して鈁(ほう)という平面形方形のものとが、大量に作られた。主に副葬用として作られたらしく、漢代には新たに登場した低火度鉛釉(ていかどなまりゆう)の陶器の鍾や鈁が副葬用としてやはり大量に作られた。当コレクションにはこうした青銅製の鍾・鈁が数点ずつ含まれている。特に鍾は、戦国期以前から少しずつ変化してきた様子がわかる。
(難波純子)
坂本コレクション 中国古代青銅器. 奈良国立博物館, 2002, p.54, no.218.
卣(ゆう)は西周から戦国期にかけて少しずつ変化し、平面形が円形となって頸部がくびれ、腹部が張った壺として多様に展開する。大きさや腹部の張り具合などは様々であるが、基本的に無文でシンプルなものが多くなる。本体が無装飾である代わりに、肩部の獣首形把手「鋪首(ほしゅ)」が装飾的になる。そして戦国期から漢代にかけて定型化し、「鍾(しょう)」と呼ばれる器が成立する。
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