歩く姿の獅子(しし)の背に宝珠を乗せた作品。 宝珠は水晶製で、内部に釈迦(しゃか)の遺骨とされる舎利を納めている。獅子に乗る仏に文殊菩薩(もんじゅぼさつ)があるが、この作品では文殊菩薩が舎利で表現されていると考えられる。文殊菩薩と舎利との関連で想起されるのが、文殊菩薩を本地とする春日大社(かすがたいしゃ)の若宮信仰である。春日大社の一宮の春日明神の本地が釈迦如来とされたため、明神の乗り物である鹿の背に舎利を安置した作品が制作されることがあったが(春日神鹿舎利厨子)、それが若宮にまで広がることで、若宮の本地である文殊菩薩を舎利で表し、獅子の背に舎利を安置した作品が誕生したものと推測される。
(内藤栄)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.260, no.112.
獅子(しし)の背に火焔宝珠形舎利容器(かえんほうじゅがたしゃりようき)を載せた異色の作品。獅子は右前脚を踏み出すようにして立ち、前を見据えて咆吼(ほうこう)している。小品ながら、獅子の体躯(たいく)の肉付けは巧みで力強い。獅子は群青(ぐんじょう)、緑青(ろくしょう)、朱、金泥(きんでい)などで彩色(さいしき)され、巻毛には金截金(きりかね)によって筋が引かれている。また、ひげには針金を用いている。背に敷物と鞍(くら)を据え、その上に華盤(けばん)のある蓮華座(れんげざ)を立て、水晶製の火焔宝珠形舎利容器を奉安している。宝珠は上部から内部にかけ舎利孔(しゃりこう)を穿(うが)ち、上部の突起部を蓋としている。火焔は金銅(こんどう)製で三枚あり、宝珠を三方からはさんで固定している。
舎利容器に獅子を飾る例は少なくないが、本品のように獅子座に舎利容器を安置する例はほかに奈良・金剛寺の室町時代の作品を挙げる程度できわめて珍しい。このような形式の舎利容器が登場する背景には、舎利信仰と文殊(もんじゅ)信仰との融合が推測される。本品は興福寺伝来と伝えられることから、若宮の本地(ほんじ)である文殊菩薩(もんじゅぼさつ)との関連が考えられる。春日信仰と舎利信仰との関連は、一宮である武甕槌命(たけみかづちのみこと)の本地が釈迦如来(しゃかにょらい)であることに始まるとされるが、舎利信仰との関連はやがて一宮以外にも及んだものと推定される。一例を挙げれば、興福寺所蔵の火焔宝珠嵌装舎利厨子(かえんほうじゅがんそうしゃりずし)(天文六年=一五三七)や愛染明王彩絵舎利厨子(あいぜんみょうおうさいえしゃりずし)(弘治二年=一五五六、個人蔵)のように、春日大社の地蔵菩薩(じぞうぼさつ)(三宮の本地)に寄進された舎利容器を見ることができる。本品の存在は、春日信仰と舎利信仰との融合が一宮を越えて五柱全体に及んでいたことを示すものとして注目される。
(内藤栄)
おん祭と春日信仰の美術ー特集 春日大社にまつわる絵師たちー. 奈良国立博物館, 2019, p.13, no.6.

