内箱と外箱の二重の箱で、宝珠(ほうじゅ)を収めたとされる。いずれも浅い被蓋造(かぶせぶたづく)りで、漆塗りを施し、外面には鮮やかな彩絵(さいえ)が描かれる。外箱は、蓋表の絵柄(えがら)が不鮮明ながら、蓋裏に束帯(そくたい)姿の八大龍王(はちだいりゅうおう)と風神・雷神、身側面に神鹿(しんろく)に乗る春日明神(かすがみょうじん)と眷属(けんぞく)(十二天、十二神将、十王、十二宮)を表す。一方、内箱は、蓋の表裏に鬼形の八大龍王(蓋裏の一体は童子(どうじ)形)、身側面に逆巻く波濤(はとう)の景観が表される。本品は室生寺(むろうじ)(奈良県宇陀市)伝来とされるが、同地には空海(くうかい)ゆかりの宝珠にまつわる伝承がある。春日明神が大きく取り上げられている点も注目され、中世南都における複雑な信仰内容をうかがわせる品として興味深い。
(三本周作)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.270, no.174.
外箱と内箱からなる二重の箱で、中には宝珠(ほうじゅ)(あらゆる願いを叶える珠)が収められたという。外箱・内箱とも漆塗りを施し、外面には濃密な色彩で彩絵(さいえ)が描かれている。 「龍珠箱」の名が示すように、彩絵には龍や宝珠と深く関わる内容が認められる。外箱の蓋裏には束帯(そくたい)姿の八大龍王(はちだいりゅうおう)が描かれ、内箱にも蓋の表裏に鬼形(蓋裏の一体は童子形)の八大龍王が表される。内箱の身の側面に描かれた波濤(はとう)は龍と水の関係を踏まえたものか。また、外箱の蓋側面に描かれた宝珠文(ほうじゅもん)は、箱の内容品が宝珠とされることに符合する。龍は古くから宝珠を保護する存在として信仰され、まさに宝珠箱にふさわしい図様(ずよう)が展開しているといえよう。
だが、本品の意義はそれにとどまらない。外箱の身の側面には、春日四所と若宮の神々が大きく描かれており、春日信仰も主要なテーマとして扱われていることがうかがえる。春日の神々はいずれも神鹿(しんろく)にまたがる姿で、一宮は十二天、二宮は十二神将、三宮は十王・司命(しみょう)・司録(しろく)、四宮及び若宮は十二宮(じゅうにきゅう)をそれぞれ従えた図様に表されている。 本品は室生寺(むろうじ)伝来とされ、室生山に空海ゆかりの宝珠が埋納されたとの伝承や、龍宮信仰で知られる龍穴(りゅうけつ)が付近に存在することからも、制作背景との関連をうかがわせて興味深い。それに加え、もっとも目につく外箱に春日神が表される本品は、龍神信仰と春日信仰との習合(しゅうごう)をも物語っており、当時の複雑な信仰のあり方を垣間見せてくれる。
(三本周作)
おん祭と春日信仰の美術ー特集 神鹿の造形ー. 奈良国立博物館, 2020, p.57, no.31.
内箱と外箱からなる二重の箱。被蓋造(かぶせふたづくり)の内箱は身の側面に渦巻く波濤を描き、蓋表には海中の岩礁に立つ八体の鬼形(きぎょう)を、蓋表には七体の鬼形と一体の童子形を描く。これらは宝珠(ほうじゅ)を捧げ持つことからいずれも八大龍王(はちだいりゅうおう)を表したものと推測される。蓋側面には蓋表から続く岩礁や海景を描いている。内面は朱漆塗で塗り込められ、神秘な趣を有している。
一方、唐櫃(からびつ)形式の外箱は、身の側面に鹿に乗る春日四所及び若宮の神々と眷属を描いている。正面は欠失が惜しまれるが、春日山を背に春日二宮(本地(ほんじ)・薬師如来(やくしにょらい))と十二神将および三宮(本地・地蔵菩薩(じぞうぼさつ))と十王・司命(しみょう)・司録が表される。向かって左側面には一宮(本地・釈迦(しゃか)如来)と十二天、向かって右側面には四宮(本地・十一面観音)及び若宮(本地・文殊(もんじゅ)菩薩)と十二宮(じゅうにきゅう)を春日野の丘陵中に描いており、いずれも眷属を十二尊としている点が興味深く思われる。背面は無地としている。蓋側面には三箇ずつ宝珠が配されるが、これは本品が龍珠(龍の持つ宝珠)を納めていたと考られることとも符合する。蓋表には損傷が著(いちじる)しいが、宝珠を持した龍が描かれていると推測されている。蓋裏には海中の岩礁に立つ龍を背負った束帯(そくたい)姿の八大龍王と風神・雷神、宝珠を捧げる三頭の龍が表されており、何層にも渡って龍のモチーフが繰り返されている。
さて、本品は龍珠を納めた箱と伝えられており、また表面に描かれた彩絵の画題から、春日信仰、龍神信仰と密接な関わりをもっていたことが推測される。春日をめぐる龍珠信仰は複雑であるが、春日神には根元的に水神・雷神(農耕神)的な性格があったとされており、また御蓋山(みかさやま)の南方・香山(こうぜん)には鳴雷神社(なるいかずちじんじゃ)と龍池があって、古来龍神信仰と関係の深いところであったと考えられる。一方、若宮神は当初蛇身で現れたとする説があり、龍との結びつきが一層強くうかがわれる。なお、内箱の蓋裏表に表された八大龍王の持物や、周囲に描かれた船や牛馬といった添景より、弁財天信仰との関わりも指摘でき、宝珠を介した中世南都の多層的な信仰世界が垣間(かいま)見られる。
ところで、本品については龍穴(りゅうけつ)信仰で知られる奈良・室生寺(むろうじ)伝来との魅力的な説があるが、興福寺周辺に伝来した可能性も否めず、伝来や使用方法については、なお検討を要しよう。
(清水健)
創建一二五〇年記念特別展 国宝 春日大社のすべて. 奈良国立博物館, 2018, p.331-332, no.167.
室生寺伝来とされる二重の箱。被蓋造の内箱は身の側面に逆巻く波濤を描き、蓋表には海中の岩礁に立つ八体の鬼形を、蓋裏には七体の鬼形と一体の童子形を描く。蓋側面には蓋表から続く岩礁や海景を描いている。内面は朱漆塗で塗り込められ、神秘な趣を有している。一方、唐櫃形式の外箱は、身の側面に鹿に乗る春日五所の神々と眷属を描いている。正面は春日二宮(本地・薬師如来)と十二神将及び三宮(本地・地蔵)と十王・司命・司録、向かって左側面には春日一宮(本地・釈迦如来)と四天王・十天、向かって右側面には四宮及び若宮と十二宮を描き、背面は無地としている。蓋側面には三箇ずつ宝珠が配されるが、これは本品が宝珠を納めていたと考えられることとも符合する。蓋表には損傷が著しいが、宝珠を持した龍神が描かれていると推測されている。さて、本品は宝珠を納めた箱と伝えられており、また表面に描かれた彩絵の画題から、春日信仰、龍神信仰と密接な関わりをもっていたことが推測される。春日をめぐる龍神信仰は複雑であるが、若宮神もそのはじめは小蛇の姿で顕現したとされており、龍神信仰が根底にあったことは疑いない。
(内藤栄)
室生寺(むろうじ)伝来とされる二重の箱。被蓋造(かぶせぶたづくり)の内箱は身の側面に逆巻く波濤(はとう)を描き、蓋表(ふたおもて)には海中の岩礁(がんしょう)に立つ八体の鬼形を、蓋裏(ふたうら)には七体の鬼形と一体の童子形を描く。いずれも八大龍王を表すと考えられる。蓋側面には蓋表から続く岩礁や海景を描いている。内面は朱漆塗(しゅうるしぬり)で塗り込められ、神秘な趣を有している。一方、唐櫃(からびつ)形式の外箱は、身の側面に鹿に乗る春日五所の神々と眷属(けんぞく)を描いている。正面は春日二宮(本地・薬師如来(やくしにょらい))と十二神将(じゅうにしんしょう)及び三宮(本地・地蔵(じぞう))と十王(じゅうおう)・司命(しめい)・司録(しろく)、向かって左側面には一宮(本地・釈迦(しゃか)如来)と四天王(してんのう)・十天(じってん)、向かって右側面には四宮及び若宮(わかみや)と十二宮(じゅうにきゅう)を描き、背面は無地としている。蓋側面には三箇ずつ宝珠(ほうじゅ)が配されるが、これは本品が宝珠を納めていたと考えられることとも符合する。蓋表には損痛が著しいが、宝珠を持した龍神が描かれていると推測されている。蓋裏には八体の束帯姿の人物が三頭の龍、風神・雷神とともに描かれている。これも八大龍王を表すものと思われる。さて、本品は宝珠を納めた箱と伝えられており、また表面に描かれた彩絵の画題から、春日信仰、龍神信仰と密接な関わりをもっていたことが推測される。春日をめぐる龍神信仰は複雑であるが、春日神には根源的に水神・雷神(農耕神)的な性格があったとされており、また御蓋山(みかさやま)の南方・香山(こうぜん)には鳴雷(なりいかずち)神社と龍池があって、古来龍神信仰と関係の深いところであったと考えられる。一方、本品の伝来したとされる室生寺の近くにも龍神信仰の拠点である龍穴(りゅうけつ)神社があり、室生寺とともに興福寺の支配を受け、先の香山の龍神信仰とも深い関係を有していた。このほか、春日若宮神は当初蛇身で表れたとする説があり、春日をめぐる龍神信仰は中世南都の信仰世界において非常に重要であったと考えられる。本品はその一端を示す貴重例として、研究の進展が待たれる遺例である。
(清水健)
神仏習合-かみとほとけが織りなす信仰と美―, 2007, p.311
室生寺(むろうじ)伝来とされる二重の箱。被蓋造(かぶせぶたづくり)の内箱は身の側面に逆巻く波濤(はとう)を描き、蓋表には海中の岩礁(がんしょう)に立つ八体の鬼形(きぎょう)を、蓋裏には七体の鬼形と一体の童子形を描く。蓋側面には蓋表から続く岩礁や海景を描いている。内面は朱漆塗で塗り込められ、神秘な趣を有している。一方、唐櫃(からびつ)形式の外箱は、身の側面に鹿に乗る春日五所の神々と眷属(けんぞく)を描いている。正面は春日二宮(本地・薬師如来)と十二神将及び三宮(本地・地蔵)と十王・司命(しめい)・司録(しろく)、向かって左側面には春日一宮(本地・釈迦如来)と四天王・十天、向かって右側面には四宮及び若宮と十二宮(じゅうにきゅう)を描き、背面は無地としている。蓋側面には三箇ずつ宝珠(ほうじゅ)が配されるが、これは本品が宝珠を納めていたと考えられることとも符合する。蓋表には損傷が著しいが、宝珠を持した龍神が描かれていると推測されている。
さて、本品は宝珠を納めた箱と伝えられており、また表面に描かれた彩絵の画題から、春日信仰、龍神信仰と密接な関わりをもっていたことが推測される。春日をめぐる龍神信仰は複雑であるが、若宮神もそのはじめは小蛇の姿で顕現したとされており、龍神信仰が根底にあったことは疑いない。本品は若宮信仰と直接関わるものではないにしても、広範な春日龍神信仰の一端を示す貴重な例である。
(清水健)
おん祭と春日信仰の美術. 奈良国立博物館, 2006, pp.52-53, no.38.








