出土地不詳の経塚遺品のセットである。銅製経筒は三口あり、うち二口はほぼ同系の鋳造品、もう一口は銅板を円筒形に曲げた鍛造品(たんぞうひん)で、ともに宝珠紐(ほうじゅちゅう)の被蓋(かぶせぶた)を伴う。土製外容器は、粘土紐を輪積(わづ)みして素焼(すや)きにした円筒容器で、甲盛(こうも)りのある被蓋を伴う。大小二口あり、大ぶりの容器に鋳銅製経筒を二口、細身の方に残りの鍛造の一口を収めたと推定される。経巻は『法華経』八巻に開結(かいけち)二巻を加えたものと推測されるが、さらに別経を含んでいる可能性もある。比較的状態の良い経巻の一群と、上半部を欠失した残りの悪い一群があり、前者は『法華経』の巻第三、第四、第五、第八の四巻分、後者は『法華経』を含む九巻分である。すべて朱書きで、一行十七字詰め、界線なしで華奢な文字を詰め気味に書いている。巻第八の巻末には「□□三年〈戌寅〉八月二十八日/於□原寺書写」の奥書があり、戌寅年は保元三年(一一五八)と考えられる。以上の他、和鏡二面(松喰鶴(まつくいつる)鏡と草花双鳥(そうかそうちょう)鏡)と小ぶりの独鈷杵(とっこしょ)が附属している。これら経塚埋納の際に、願主らの身近にあった品を一緒に納めたものと推測される。
(吉澤悟)
まぼろしの久能字経に出会う 平安古経展, 2015, p.142