十一面観音は、すこし斜めをむいて台座上に坐す姿である。左手は紅蓮華(ぐれんげ)を挿した水瓶を逆手で持ち、右手は掌を内側に向けて垂下する。観音は肉付きがよく、ふっくらした面貌、しっかりした体軀で、肌には朱隈(しゅぐま)が施され、肉身線は太めのくっきりした朱線で描き起こされている。装身具や台座では暈繝(うんげん)彩色が多用され、着衣は赤色や緑色の地に丁寧な切箔(きりはく)と截金(きりかね)による文様が美しく表されている。一方で光背や天蓋では丹(たん)の具(ぐ)色(明るいオレンジ色)をベースに銀截金と銀泥を多用して瀟洒(しょうしゃ)な竜胆(りんどう)の文様が表され、全体を落ち着いた雰囲気に誘う。
豊麗な彩色と多彩な截金文様を用いる本図は、その表現様式から院政期(十一〜十二世紀)の仏画の一作例に数えられるが、十一面観音が少し斜めを向く点や、肌の朱隈が濃く施される点など、同時代の独尊仏画のなかで独自の表現も際立つ。こうした表現については、本図が江戸時代には法隆寺の鎮守である龍田新宮(たつたしんぐう)の本地仏とされ、またその後近隣の法起寺(ほうきじ)に伝わったこととあわせて、奈良時代の仏画の表現を踏まえたものである可能性が指摘されており、例えば斜め向きの構図については法隆寺金堂壁画の観音像との共通を認められる。
平安時代にさかのぼる十一面観音の独尊画像は本図をおいて他になく、さらに院政期仏画のなかでも独自の表現を示す本図は、他に代わりのないきわめて貴重な存在といえる。平成八年(一九九六)より当館所蔵となり、奈良国立博物館を代表する国宝として多数の展覧会に出陳されてきた。
(北澤菜月)
超 国宝ー祈りのかがやきー. 奈良国立博物館, 2025.4, p.318.
十一面観音の絹本著色(けんぽんちゃくしょく)像として現存最古の作。右手を垂下し、左手に紅蓮華(ぐれんげ)を挿した水瓶をもち、蓮華座に坐る。全身斜め向きという奈良時代に淵源をもつ古様な図像を踏襲する一方、銀を用いた竜胆唐草(りんどうからくさ)文で天蓋(てんがい)や光背を荘厳するなど、平安仏画らしい美麗な表現を尽くす。着衣の截金(きりかね)文様の大ぶりの表現が、保安二年(一一二一)造立の法隆寺聖霊院(ほうりゅうじしょうりょういん)安置聖徳太子(しょうとくたいし)坐像に施されるものによく似ており、本品が十二世紀前半の作であることを強く示唆する。かつて法隆寺鎮守龍田新宮(たつたしんぐう)の境内にあった伝灯寺(でんとうじ)に伝来し、江戸時代末期には法起寺(ほうきじ)の什物となっていた。
(谷口耕生)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.275, no.206.
ほとけが坐る台座は、蓮弁の葉脈を截金(きりかね)線で表し、豊麗な暈繝(うんげん)(グラデーション)で反花(かえりばな)を彩るなど、豪華そのもの。一方、銀泥や銀截金を用いた竜胆唐草文(りんどうからくさもん)で瀟洒に荘厳される光背は、強い彩色を放つほとけの身体や台座を優しく包み込む。かつて奈良・法起寺周辺に伝来した、平安仏画を代表する名品。
(谷口耕生)
みほとけのかたち 仏像に会う. 奈良国立博物館, 2013.7, p.71, no.43
十一面観音は変化観音(へんげかんのん)のうち最もポピュラーな尊格として、奈良時代以降盛んに造像されてきた。本図は平安時代に遡る絹本の礼拝画像として唯一の十一面観音像であり、保存状態は極めて良好。豊麗な彩色と大ぶりながら精緻な截金文様をたたえており、わが国における仏教絵画を代表する名品である。現状では頭上に頂上仏面を含めて十一面を描き表すが、近赤外線写真等により製作段階で頭上面を一面加える改変が行われていることが判明し、改変前は奈良時代の彫像などに多い頭上十面の像容だった。また通例の密教の本尊画像が正面向きに描かれるのと異なって斜め左向きに描かれること、右手の掌を内側に向ける特殊な与願印を表すことなど、他の平安後期における仏画には見られない特色ある図像を示している。これらの図像上の特色は、奈良の地に継承された古い図像に依拠したことによるものと考えられ、具体的には奈良時代に成立した図像を源流としている可能性が高い。さらに観音の肉身に朱の強い隈取りを施すのも本画像の際立った特徴であるが、これも奈良時代から平安時代初期に描かれた古い仏画の伝統を受け継ぐものと考えられる。このような本画像に見られる奈良朝復古的な要素は、平安後期から鎌倉時代にかけて制作された奈良ゆかりの仏画に共通する特色といえるだろう。江戸時代には奈良・法隆寺の鎮守社である龍田新宮の本地仏とされ、また同じく法隆寺近隣の法起寺に伝来した時期もあったことが、表具の墨書銘から知られる。
(谷口耕生)
美麗 院政期の絵画, 2007, p.213
十一面観音は変化観音の一つであり、わが国では純密到来以前の早くから信仰された。絵画では飛鳥時代(白鳳期)の法隆寺金堂壁画第十二号壁が古例である。
本図では、観音は向かって左を向き宝壇の上の白蓮華座に坐し、右手は与願印を表しその手首に数珠をかけ、左手は胸前で紅蓮華をさした水瓶を持している。観音の頭上には菩薩面三面、瞋怒面三面、狗牙上出面三面、大笑面一面と頂上仏面を含めて十一面を表している。玄奘訳の『十一面神咒心経』にしたがう像容である。
なお、図の上方には宝相華文で装飾する華やかな天蓋がかかり、透かし彫り風の光背を負った観音が実在感のある台座に坐す姿は、いかにも実際の観音彫像を写したごとくである。面貌は奈良時代の古式を想像させる。肉身は淡紅色で塗り、朱線で描起し、そこに強い朱の隈取を施す。着衣上には地文様、主文様ともに截金文を置き、台座や天蓋ともに多種類の文様で厳飾している。
巻留めに南都法起寺に伝来した旨の近世の墨書銘がある。作風と合わせ考えて南都有縁の絵画としてよいと思われる。
(梶谷亮治)
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.311, no.152.









































