原像は、昭和十八年三月の盗難によって現在は所在不明である。縁起によると、聖徳太子(しょうとくたいし)が創建した香薬寺(こうやくじ)の本尊であったといい、これによって「香薬師」の呼称が生まれた。丸顔の面部に少年の相を浮かべる。頭髪には螺髪(らほつ)を付けた痕跡はないようである。袈裟(けさ)を通肩(つうけん)に着け、流麗な衣文を等間隔に並べる。背面の下方では対向する衣文を交互に並べている。垂下した左掌に小ぶりの薬壺を載せ、右手は屈臀(くっぴ)して掌を前に向け、施無畏印(せむいん)とする。写真からうかがえる原像の作風には、深大寺釈迦如来倚像(じんだいじしゃかにょらいいぞう)や法隆寺観音菩薩立像(ほうりゅうじかんのんぼさつりゅうぞう)(夢違(ゆめちがい)観音)に近いものが感じられる。後頭部下端に切れ込みを入れて、髪を左右に振り分けるかたちとする点や耳の上方に上脚(じょうきゃく)・下脚(げきゃく)と呼ばれる筋を寄せて表し、かつ上脚と下脚とが反対方向に弧を描く点などは、深大寺像に共通する。一方、深大寺像における角張った耳朶(じだ)のつくりや、眼球上に横に引かれた稜などは、本像には見当たらない。また深大寺像の正面に表された衣文(えもん)が基本的に凸線を主体するのに対し、本像のそれは凹線を主とする。この点はむしろ夢違観音像に通じ、さらにこの二像は首に三道ではなく二道を表すことも共通している。手指の関節の皺を二条ずつ表す深大寺像に対し、この皺を表さないのが夢違観音と本像である。以上のような特徴から、これら三像が同じ作者とまではいえないが、その一方で系譜的に無関係であるとも思われない。この点に関する今後の検討が求められよう。そのためにも、一日も早い再発見を願う。なお出品の模造は、盗難以前に採られていた型を用いて鋳造された三軀のうちのひとつ。
(岩田茂樹)
開館一二〇年記念白鳳―花ひらく仏教美術―, 2015, p.237
- D058199
- 2010/03/26
- 正面
- A031447
- 2010/03/26
- 正面
- A022733
- 1989/09/21
- 正面
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| 収蔵品番号 | 1103-0 |
|---|---|
| 部 門 | 彫刻 |
| 区 分 | 彫刻 |
| 部門番号 | 彫99 |
| 文 献 | 白鳳-花ひらく仏教芸術-. 奈良国立博物館, 2015.7, 298p. |

