仏教の開祖・釈迦の伝記である仏伝の場面を各区画にあらわした浮彫。場面と場面の間には樹下に立つ童子が表されている。かつてドーム状の仏塔の下部にはめ込まれていた。時計回りに一巡すると、全ての場面が見られ、仏伝が一セットで揃っている貴重な遺例である。全部で十三片あり、三十四場面が表されるが、誕生前後の場面が多く、釈迦が出家するまでの場面が全体の四分の三を占める。修行から成道(じょうどう)(さとりを開くこと)までの場面は少なく、初転法輪(しょてんぽうりん)(初めての説法)から涅槃(ねはん)の前までの場面はなく、涅槃後の場面が詳しく描かれる。
(岩井共二)
奈良博三昧―至高の仏教美術コレクション―. 奈良国立博物館. 2021.7, p.243, no.1.
ガンダーラ地方の仏塔の基壇周囲を飾っていた片岩製浮彫で、現状では十三個の断片に分かれているが、全部を繋ぎ合わせるとほぼ完全な円形となり、右回りに釈尊の一代記が展開する。末尾の二個は、釈尊の涅槃以後の物語を五場面にわたって表現している。ガンダーラの仏伝図では涅槃とその後の物語に大きなウエイトがおかれ、細分されて逐次的に表される場合があるが、本品もその一例である。向かって右端の涅槃に続く荼毘の場面では、炎に包まれた釈尊の棺の両側で、先端に壺のついた棒を捧げもつ二人の人物が液体を注いで、消火にあたる様子が表現されており、ガンダーラの他作例と同じ図様をもつ。荼毘に関して諸経律は、棺になかなか火がつかず、釈尊の死に立ち会えなかった弟子の大迦葉(だいかよう)の到着を待って勢いよく燃え上がったことえを伝える。また消火についての記述は一定しないが、本品の図様は人々が香乳を注いで消したとするものに対応するように思われる。荼毘のあとにはドローナ・バラモンによって釈尊の遺骨(仏舎利)が八つの王国に分配される場面、ラクダに乗った人物によって舎利が各国に運ばれる場面、舎利を祀った仏塔が建立され、供養される場面が続く。本品の図像配列からもうかがわれるように、仏塔は右回りによって礼拝が行われた。古代インドの習俗では聖なるもの、清浄なるものに対しては太陽のめぐりに準じる右遶(うにょう)、忌むべき対象である墓に対する供養は、高貴な人物のものであっても左遶(さにょう)によってなされるのが通例であり、釈尊の遺骨を祀る墳墓に由来する仏塔における前者の採用が、革命的な現象であったことが指摘されている。本品は大きさからみて、寺院の主塔クラスの塔ではなく、小規模な奉献塔の一部をなしていたと考えられる。やや粗めの彫り口だが、人物の表現にはギリシア・ローマの雰囲気が漂い、東西の文化が出会うこの地域らしい造形がみられる。
(稲本泰生)
仏舎利と宝珠―釈迦を慕う心, 2001, p.189-190
仏伝(ぶつでん)(釈迦(しゃか)の伝記)を表した浮彫。現状13個の断片に分かれるが、つなぎ合わせると円形となり、かつてはドーム状の仏塔の下部をめぐるようはめ込まれていた。人物表現にはどこかギリシア・ローマの雰囲気が漂う。
題箋

