竹や花などが配される広々とした自然景観の中、画面中央の円相内に大日金輪(だいにちきんりん)、その上方の円相内に釈迦金輪(しゃかきんりん)がそれぞれ蓮台上に結跏趺坐(けっかふざ)する姿を描く。大日金輪は、五仏宝冠を戴いて智拳印を結ぶという金剛界大日如来と同じ像容、釈迦金輪は、螺髪姿で胎蔵界大日如来と同じ定印を結んだ上に八幅輪を載せている。大日金輪が坐る山は須弥山(しゅみせん)であることが経軌に説かれており、その岩の左右に広がる大海中に現れる唐装の人物三人および夜叉神は、九頭竜と七頭龍の二龍を従えており、四人の龍神を表すと考えられる。こうした図様の曼荼羅について記述する経典・儀軌は存在しないが、『図像抄』や『別尊雑記』、『覚禅鈔』などの図像集の多くは、大仏頂法(だいぶっちょうほう)の項目に同種の図像を掲載しており、本図も敬愛・息災・増益などを目的に修される大仏頂法の本尊図像として制作された可能性が高い。ただし『覚禅鈔』の場合、一字金輪法の項においてもこれと同じ曼荼羅の図像を掲載し、平安後期の事相家として著名な恵什(えじゅう)が説く一字金輪曼荼羅の一つとして掲げられていることも留意される。本図中において、大日金輪を取り囲むように配される転輪聖王が具備するという七宝、すなわち輪宝・珠宝・女宝・馬宝・象宝・主蔵宝(財宝を象徴)・主兵宝(軍事力を象徴)は、一字金輪曼荼羅諸本と共通する極めて重要なモチーフである。このうち画面向かって左方に配される馬宝は、奈良国立博物館本一字金輪曼荼羅等に描かれる有翼馬の姿としてではなく、無翼の白馬が虚空中を浮遊する雲に乗るという描写によって、その類い希なる飛翔能力を表現している。
(谷口耕生)
天馬 シルクロードを翔ける夢の馬, 2008, p.229
大仏頂法を修する際の本尊像として、敬愛、息災、増益を祈るために用いられる。大仏頂曼荼羅がわが国で修法に懸用されたのは平安中期11世紀後半からであることが記録から知られる。
本図はいわゆる唐本で、典拠とされる単独の儀軌は明かではない。平安後期の図像集である『図像抄』、『別尊雑記』には本図と同図像が収録されている。おそらく宋代の中国から新しい図像として請来されたものであろう。
図様は、中央須弥山上に、日輪を負い趺坐する一字金輪(大日金輪)を表し、それを中心に七宝をめぐらす。獅子座としない点をのぞくと、いわゆる一字金輪の図像と近似している。図の上方の月輪中には、定印を表しその上に金輪を置く釈迦金輪を表している。大日金輪の坐す須弥山の左右には竹林と牡丹花にも見える唐花が配され、手前の海中からは二大龍王と龍神が涌出する。密教の曼荼羅に自然景を想像させる情景を取り入れ、月輪中の仏以外はあまり型にはまらない表現・配置とするのが斬新である。
主尊の肉身は黄色、朱肉線で描起こし、着衣には七宝繋(しっぽうつなぎ)、立涌(たてわく)、甃(いしだたみ)文など精緻な截金文様を飾り、金具には箔を押し、彩色は具色をまじえて優美である。とくに、大日金輪には金截金を、釈迦金輪には仏画にはまれな銀截金を用いるなど装飾性に注目すべき特徴がある。
(梶谷亮治)
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.310, no.147.