京都・東寺には中国・唐から将来され、平安京の守護神として羅城門(らじょうもん)上に安置されたと伝える毘沙門天(びしゃもんてん)が現存する。「兜跋毘沙門(とばつびしゃもん)」と称されるこの東寺像は、宝冠をかぶって外套状を呈する金鎖甲(きんさこう)(鎖を編んだ鎧)をまとい、二鬼(尼藍婆(にらんば)・毘藍婆(びらんば))を従えた地天女(ちてんにょ)が差し出す両手の上に立つなどの特徴がある。本像はその忠実な模像で、原像の精悍な顔立ちや引き締まった体つきもよく再現されている。なお「兜跋」の語源・語義については諸説あるが、近年は毘沙門天がもつ宝塔(ストゥーパ)に由来するとの見方が強い。
(稲本泰生)
なら仏像館名品図録. 奈良国立博物館, 2010, p.109, no.143.
通形の毘沙門天と異なる兜跋毘沙門天は、西域の兜跋国に出現したといわれ、王城鎮護のために城門に安置される。正面に鳳凰(ほうおう)、その左右の側面に宝棒を持って立つ人物を薄肉彫する宝冠、外套(がいとう)風の特殊な金鎖甲(きんさこう)、両手に海老籠手(えびごて)、脛(すね)にも海老状の脛当を付け、地天女(じてんにょ)の上に立つことなどが特徴である。
我が国には、平安初期に、中国・唐から伝わり平安京の羅城門(らじょうもん)上に安置されていたといわれる像が、現在は東寺に伝来する。平安後期にはこの東寺像の模刻が始まるが、京都・清凉寺や鞍馬寺に伝わる模刻像が原像の独自な解釈を交えて製作されているのに対して、本像は原像に忠実であろうとしてることが特筆される。ただ東寺像が腰や足に微妙な動きを与えるのに対して、本像は静かに立ち、面相でも瞳に東寺像のような黒石を使わないことから穏やかさが感じられる。ヒノキの寄木造で、彩色仕上げされる。
(井上一稔)
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.294, no.78.